レトロ喫茶「セピア」｜リアクション

レトロ喫茶「セピア」

◆　足並みそろえて（呼びこみ係編）

「ふふ、ふふふふふふ……」
　悠弥の眼前には、怪しげな笑みを浮かべたアケーチがいる。事前に要望があったため、悠弥が用意していた詰め襟のシャツと着物。それらを身につけたアケーチは、先ほどから、ずっとこの調子なのである。
「……あの、明智さん……？」
「嗚呼！　まるで私たち、双子のようですね……！」
「えっ？」
　さすがに何やら不安になってきた悠弥が問えば、返った返事。おどろいて姿見を確認してみたのなら、なるほど、そこには髪型や服装だけでなく、ちょうど背格好も同じくらいの二人が映っていた。
　しかし、アケーチは先ほどの悠弥の声を拒絶と取ったらしい。
「お嫌ですかそうですね……！　ふふふふふ！」
　一人納得しては、尚もうれしそうに笑うアケーチの姿に、悠弥の不安は色濃くなるばかりであった。

　女性用更衣室のほうでは、制服を着終えた葉月の姿に、依菜里が「わあ」と、小さく歓声をあげていた。
　つい先刻まで、依菜里が葉月に対して抱いていた印象は、「悠弥が書く物語に登場するような森の精霊」だった。ところが、どうだろう。彼女が依菜里もよく着る『セピア』の制服を着ると、とたんに雰囲気が変わってしまった。まるで、西洋の――いわゆる、アンティークドールのような印象だった。
　生きた人形がいるのなら、きっとこんな神秘的な姿をしているのだろう。依菜里はぼんやりと思いながら、一時預かっていた即席のチラシを葉月に手渡したのだった。

　　※

　店を出て、少し歩いた先にある旧市街。休日のためか、心なしか普段より人通りが多いそこで、アケーチは老若男女問わずに声をかけ、どんどんとチラシを配っていく。
「浪漫あふるる喫茶店、セピアで貴方もくつろぎませんか？　きっと至福の時間が過ごせますよ、ふふ……！」
　若干、引き気味にチラシを受け取っている人もいなくはないのだが、それはそれ。動き回るアケーチの背中を見つめ、結はチラシの束を握りしめていた。
（緊張するけど、お店のためにも……私のためにも、一歩踏み出さなきゃ！）
　すぐ近くでは、葉月もチラシを配っている。二人の姿に勇気をもらい、結は通りがかった一人の男性にチラシを差し出した。
「あのっ！　これ、よろしかったら……！」
　すると、チラシを受け取った男性の足が止まった。もしかしたら、興味があるのかもしれない。そう思い、結はふわりと花がほころぶような笑みを浮かべた。
「この先にある喫茶店なんです。大正から昭和初期にかけての雰囲気が残るお店で……メニューにも、当時人気だった料理があるんです。よかったら、ぜひ、いらしてください」
　店の説明をし、チラシを受け取ってくれた男性に、もう一度、結は笑みを向ける。柔らかなその微笑みを見てか、男性は少し照れくさそうに微笑み返すと、チラシを手にまた歩きだす。そして、その足が向かう先は、結たちが少し前に通ってきた九夜山付近へと続く道で――
（……私も、少しは役に立てた、かな）
　胸のうちで呟き、結は晴れ渡る空を仰いだのだった。