そこは、タイムスリップしたかと思わせるような空間だった。
時代は昭和か、あるいは大正か。当時のミルクホール――現代でいうところの喫茶店風の内装と調度品で統一された店内に、ふたつの人影がある。
「ユーヤ、暇だねえ」
無垢木の磨きこまれたカウンターに頬杖をつき、給仕姿の幼い少女――薬葉 依菜里(くすは いなり)が言った。
その隣、カウンターに原稿用紙を広げる袴姿の男――鎮目 悠弥(しずめ ゆうや)は、依菜里に目を向けることもなく、「そうだな」と、うなずいた。
背の高い椅子の上で、足をぶらぶらとさせ、依菜里は続ける。
「お客さん、来ないねえ」
「そうだな」
ペン先をよどみなく走らせながら、悠弥が相づちを打った。
「最後にお客さん来たの、二週間前だったねえ。それも、おじーちゃんの古いお友達が一人だけ」
「そうだな」
しばしの、沈黙が降りた。ちらりと、依菜里は悠弥を横目に見る。
「……ユーヤ、イナリの話、聞いてないよねえ」
「そうだな」
返ってきた淡泊な返答に、とうとう依菜里も立腹した。
小学二年生といえど、依菜里はこの店のオーナー、その孫娘である。ここはひとつ、このやる気のない雇われ店長に、びしりと言ってやらなくてはならない。
依菜里は頬をふくらませて、隣で原稿用紙と向き合う悠弥を睨めつけた。
「ユーヤがそんなだから、いけないんだよ! もっと、お店の宣伝するとか、新作メニュー考えるとか、エイギョードリョクしないと!」
ところがどっこい、当の悠弥の心はここにあらず。
「そうだな」
このやりとりだけで、五回目となる相づちである。
閑古鳥が鳴く喫茶店で店番をしている二人、という状況を加味すれば、繰り返されたその言葉の数は推して知るべし。もはや、依菜里は耳タコであった。
このままでは、だめだ。悠弥に任せていたままでは、店が潰れてしまう。
そう確信した依菜里は、椅子から飛び降りた。
店のドアが勢いよく開け放たれ、取りつけられていたベルが、カランカランと音をたてる。
そこで、初めて悠弥は手もとの原稿用紙から、顔をあげた。
先刻まで、隣に座っていたはずの依菜里の姿は、どこにもない。
「――ん? 依菜里、どこ行った?」
はじめまして、こんにちは。
ゲームマスターの「かたこと」です。
この度の舞台は、旧市街側の九夜山付近にある喫茶店「セピア」。
大正浪漫を感じさせる内装の、古き良き喫茶店――ですが、現在は閑古鳥が鳴いています。
それもそのはず。雇われ店長であり、売れない作家でもある鎮目 悠弥(しずめ ゆうや)は、薬葉 依菜里(くすは いなり)が言う「エイギョードリョク」なるものを一切していなのです。
これにしびれを切らした依菜里は、助っ人を求めて、店を飛び出していきました。
察しの良い皆さまは、もうすでに、シナリオの趣旨をご理解いただけていることでしょう。
今回、皆さまには、この寂れた喫茶店「セピア」を救っていただきたく思います。
当シナリオへのご参加は、依菜里に助けを求められた「助っ人」としてでもかまいませんし、偶然にも店の近くを通りがかった「客」としてでも、かまいません。
もし、「助っ人」としてご参加いただく場合は、「セピア」の制服を着ていただきます。
制服は、男女ともに大正時代の給仕を思わせるものですが、店長の悠弥だけは、詰め襟のシャツに着物と袴を身につけています。
希望すれば、悠弥が似たようなものを用意してくれるかもしれません。
閉店後には、「助っ人」も「客」もふくめて、特別に甘味がふるまわれる予定です。
お好きな甘味と、その甘味が好きな理由などを、アクションに書いていただければ、悠弥がテーブルまで運んできてくれることでしょう。
それでは、私も喫茶店「セピア」にて、皆々さまのご来店をお待ちしております。
【登場人物】
※鎮目 悠弥(しずめ ゆうや) …… 28歳
ややつり目がちで表情にとぼしいため、誤解されやすいですが、マイペースで心優しい男性です。
数年前、寝子島へと移り住んできました。
現在は喫茶店「セピア」にて、住みこみで雇われ店長兼売れない作家をしています。
作家として活動しているときは、「硯 いろは(すずり いろは)」という筆名を使っており、子どもに夢を与えるような児童文学を好んで書いています。
「硯 いろは」名義の個人サイトでは、寝子島での生活やお店でのことをエッセイとして綴っているようです。
※薬葉 依菜里(くすは いなり) …… 7歳
寝子島小学校二年一組に通う、明るく元気いっぱいな女の子です。
悠弥を雇った喫茶店「セピア」のオーナー、その孫に当たります。
好きなものは、悠弥が作る和風パフェですが、基本的に甘いものには目がないようです。