５０００兆円貰った！｜リアクション

５０００兆円貰った！

◆杯中の蛇影
「それでは、良い一日を！」

　リムジンから降ろされた恵御納夏朝は、近くの喫茶店の席に座り、渡された通帳を眺めていた。５０００兆円。並ぶ幾つものゼロ。どこから来たのか、なぜあるのか、さっぱりわからない。不審な黒服が用意した莫大なお金。もう一度眺めて、思考を動かす。これだけのお金があれば、普段はできないいろんなことが出来るのではないか？

「猫カフェ巡りとか、豪勢な事も……」

　にゃぁん。白、黒、三毛、虎。ころりころりと床を転がり、客にすりすりと甘えるたくさんの猫たちを想像して、こういう使い道も――と考えたところで、夏朝は先程の状況を思い出して冷静になる。
　あれは、明らかにおかしい。突然声をかけて、車に押し込むなど犯罪ではないか。そんな状況で渡された大金など、信用していいものか。

「……自省しろ僕の馬鹿ぁー！」
「お客様！？」

　どんっ、音を立てながら近くの壁に頭を打ち付ける夏朝に気付き、店員が心配そうに駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫です……すみません……」

このことは家でじっくり考えようと、夏朝は自室に戻った。

「魔界関連か、闇関連……それも、性質の良くないタイプ……」

　夏朝は改めて５０００兆円を受け取った時のことを思い返す。
あのリムジンの中は、実質的な密室であった。加えて、黒服の男、しかも複数人に囲まれた状況。脱出は困難で、あの有無を言わさない口調から断れば何が起こるか想像もつかない。

「また、僕等を利用しようとしてるの……？」

　安全のため受け取らざるを得なかったことに、夏朝は自分の無力を悔やんだ。引き出した５０００兆円の一部を見て、これを全て燃やし尽くすか、それか危険物で黒服たちを爆殺出来ないか――！
　そんな過激な考えまで思考が及んだところで、夏朝は一転冷静になって呟く。

「……落着こう、それは駄目だ」

　そうして夏朝は引き出しから彫刻刀を出し、机にこう刻む。

『５０００兆円貰わされた。夢なら消えてるはず』

　夢か世界の隔離か、どちらかはわからないが、どちらかであることを期待して。
　最後の一字を刻み終えた夏朝は、街へ出た。戻ってきた夏朝の手には、山のような貴金属と宝石が。運ばれた黄金はピラミッドのように部屋に積まれていく。それを見ても虚しさが込み上げるばかりで、ぐるぐると疑心暗鬼に沈んだ心は癒えない。
　教科書でよく見る成金の図絵のように、札束を燃やしてみても。その炎が夏朝の心を照らすことはなかった。

「どうだ、明るく……ならないね……」

　燃え尽きた札束の残骸を見て夏朝は呟く。溜息一つ。
　土に埋めた黄金は今頃目敏い誰かが掘り返しているかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。自分で稼いだお金でも、正式に獲得したお金でもないもの。それで手に入れた物に意味はない。

「……皆に、猫さんに会いたいよ」

　夏朝は膝を抱え、目を閉じた。
　――フツウを守る為にも使えないなら、悪い奴等に利用されるだけなら……こんな大金、いらない……！

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