まものとの邂逅を此処に記す｜リアクション

まものとの邂逅を此処に記す

　立ち並ぶ西洋風のお墓の群れ、遠くに見えるは毒々しい紫色の池。
　おどろおどろしいような場所を、壬生由貴奈はのんびりと歩く。
「鏡の向こうに繋がっていたのは……昏い空が延々と続くまかいでした、って感じ？」
　濁った灰色の雲が渦巻く空を見上げて、由貴奈はそう呟いた。
　――まかい。
　何となく口を突いた単語だったが、それはこの世界を呼ぶに相応しい名のように思えた。
「うん、お墓とか、紫色の池とか。いかにもそれっぽい感じ」
　最初は、またいつぞやみたいにクローネの仕業？　と思った由貴奈だったが、
「今のところ、何も起こらないねぇ。ミケに会えるかともちょっと期待したんだけど……」
　どうやらそれもなさそうだと、由貴奈は軽く息を吐いた。
　何せ、先ほどから、善良な住民にも険呑な化け物にも、一向に遭遇しないのである。
　この世界にとばされる直前、覗き込んだ鏡にちらと映った影。
　せめて、帰還の鍵を握りそうなその人物に接触したいところだが――、
「本当に誰もいな――あっ」
　言い掛けて、由貴奈は思わず声を漏らした。
　少し進んだところに、黒いローブを纏った人影がそっと佇んでいたからである。
　由貴奈がその存在を認めたのとほぼ同時、向こうもこちらに気付いたようだった。
　ふわりと、黒いローブの裾が揺れる。
　ベールの向こう側の顔が、露わになる。

「……えっ、うちとそっくり……？」
　またも思わず、由貴奈はそう呟いていた。
　それも道理、目の前の女性は、黒く肥大化した右腕以外は、見た目は由貴奈に瓜二つだ。
　それでいて、身に纏う雰囲気は由貴奈のそれとは明らかに違ってもいるのだった。
（何というか……この世界の住人ってやつ？）
　まかいの住人なら、まものとでも呼べばいいのだろうか。
　そんなことを思いながら、由貴奈はごく自然な調子で、まものの女性の元へと歩み寄った。
「こんにちはー。ここで何してるのー？　というか、ここどこ？」
　どうやら違う世界から迷い込んじゃったみたいで、と簡単に事情を告げれば、相手の口元に緩く笑みが乗る。
　そうして彼女は、由貴奈の質問に、のんびりとした声で、けれど淀みなく答えた。
『ここは死者の楽園だよぉ。で、うちは死者の肉体や魂を管理、監視する守り人的な？』
「死者の肉体や魂を？」
『そうそう。こう、杖を振って亡霊やアンデッドの類を使役したり、あとは毒に関する魔法も得意かなぁ？』
　言って、まものは手にした立派な杖をちょちょいと振るう真似をしてみせる。
　その一挙一動全てが鏡映しの自分を見ているようで、
（『こっちの世界の』うち、みたいに思えちゃうねぇ）
　と、由貴奈は胸の内に頷いた。
　向こうは由貴奈のことをどう思っているのか、
『今はお気に入りの場所――この墓場でのんびりしてたところだよぉ』
　さっきまでは死者の魂とお話してたんだぁ、と、極めてマイペースに言う。
　その様子に、由貴奈はふと神妙に思った。
　正直、もうひとりの自分（仮）がこんなにダークな属性持ちだとは思わなかった、と。
（まぁ嫌ってわけじゃないけど、ねぇ？）
　他人の死に慣れている、というわけでもないが、そういう経験をしたことはある。
　故に、あり得なくはないな、と、そんなふうに由貴奈は考えた。
「それにしても、死んだ人を見守るなんて大変そうな仕事してるねぇ」
『大変そう？　うーん、そうかなぁ？　そういうふうに見える？』
「まあ、詳しくは知らないけど。うちは、いつものんびり過ごしてるよぉ」
『うちも、基本はそうだよぉ。墓場で物思いに耽るのも、悪くないしねぇ』
　死者への冒涜とそれに類する行為は許さないけど、とまものが付け足す。
　まもののそういうところを、由貴奈は好ましく思って、少し笑った。
「そうだ、クッキー食べる？」
『くっきー？』
「ん？　こっちの世界には存在しないのかな？　それとも、呼び方が違うとか？」
　首を傾げて考察しながら、ベルトポーチから手作りのクッキーを取り出す由貴奈。
　まものが、『わ』と、どこか嬉しそうな声を出した。
「まあ、どっちでもいいか。はい、一応」
　差し出されたそれを、まものは大事そうに受け取り、口に運ぶ。
　不思議な、どこか妖しい色をした瞳が、淡く煌めいた。
『ありがと、美味しいねぇ。《皆》にも食べさせてあげたいなぁ』
　まものが言えば、彼女の周りの空気がざわざわと震える。これが死者の魂か。
　やっぱりちょっとダークだなぁと、由貴奈は苦く微笑して、自分もクッキーを齧った。

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