まものとの邂逅を此処に記す｜リアクション

まものとの邂逅を此処に記す

　気付けばそこは、見知らぬ屋敷の近く。
　その状況に、肌に触れる空気に、志波高久は鋭い眼差しを余計に険しくした。
「……フツウとやらに巻き込まれたか。しかし、この雰囲気は一体……」
　注意深く、辺りの様子を確認する。
　そして、高久は眼前の屋敷の前に、先ほど鏡に映った人影を見留めたのだった。
「やはり俺によく似た……あれは騎士か？」
　目を眇めて、それでも高久は屋敷の方へと足を向ける。
　元の世界へ帰る為には、あの騎士と接触する必要があると悟ったのだ。
　一歩踏み出した、その刹那。
『――何者だ？』
　問う声は、すぐ近くからした。
　気付けば、こちらを見据える騎士の大剣、その切っ先が目前に迫っていて、高久は僅か目を瞠る。
　一拍遅れて、騎士も些少ながらかんばせに驚きの色を乗せた。
　自分に瓜二つの存在を見留めたが故の反応だったようだが、

『……武器を持たず魔力も感じさせないか。弱い奴に興味はない』
　言い放つや、騎士は高久に背を向け、屋敷の前へと戻ろうとする。けれど。
（あっちが興味を持たなくても、俺のほうは興味がわいてきた）
　と、高久は自然、口元に緩く弧を描いた。
　とはいえ、相手は大仰な武器を手にしている。今、それを向けられたばかりだ。
　高久は、騎士とある程度距離を保ちながら言葉を掛けることを決めた。
　その点、相手が屋敷の前へと戻ったのは、高久からしてみれば具合のいいことだ。
「なあ、その恰好はなんだ？　幽霊なのか？」
　騎士は答えなかった。
　ちらと、高久へと冷えた視線を投げただけだ。
　けれど、彼の纏う気配が生者のそれとは決定的に異なっているのを、高久は感じ取る。
「反応が薄いな。ともあれ、悪霊、というよりも聖なる感じだな。生前は勇者だったり……」
　したのか、と言い切る余裕はなかった。
　突如、瞳をぎらつかせた騎士が、こちらへと斬りかかってきたのだ。
　ギリギリのところで、険呑な一撃を避ける。
　頬に一筋、血の赤が走った。
「っ……騎士道はどうした、丸腰の人間相手に不意打ちはフェアじゃないぞ？」
　強いて朗々として声を掛けるも、騎士はその言葉には応じない。
　どころか、高久の声が届いているのかさえ、怪しい様子だった。
（姿は同じでも、あちらは随分と頭に血が上りやすい性質のようだ）
　大剣から繰り出される一撃一撃は地を抉るほど重く、食らえば痛いでは済まないだろう。
　しかしその代わりのように動きは大きく、幸い、回避の隙だけはあった。
（一体、何が逆鱗に……『勇者』が死因に関係しているのか？）
　考えても答えは出ず、何とか反撃をしようにも相手は霊体である。
　向こうからの攻撃は通るのは反則的だとは思うが、文句を言っている場合でもない。
　加えて、落ち着かせようにも、向こうはこちらの声が聞こえるような状態ではないときている。
（ならば……）
　相手の大振りの一撃が降るのを、高久は回避に徹しながら待った。
　ぶん、と大剣が振り下ろされ、大地を砕く。
　その隙をついて、高久は自身の脚力を生かし、騎士と大きく距離を取った。
　騎士を真っ直ぐに指差せば、大剣を構え直した騎士の射るような眼差しが、高久を捉える。
　と、次の瞬間。

　――止まれ！

　両の拳を胸の前で突き合わせて強く念じたならば、騎士の動きがぴたりと止まる。
　ろっこんで、想いを相手の心に直に届く声へと変えたのだ。
　突然に大声を叩き込まれた衝撃に、騎士の手が緩く下り、大剣の先が地面を引っ掻く。
　呆然としてこちらを見遣る騎士へと、高久はふっと口の端を上げてみせた。
「驚いただろう？　そして、少しは落ち着いたか？」
『……今のは、何だ？』
「何、少しはこっちの話、聞いてもらおうかと思ってな」
　こう会ったのも何かの縁だと、高久は笑う。
「俺は志波高久、君はなんて言う名でどういう存在だ？」
『……俺は、死者の楽園のスペクターだ』
「スペクター……成る程、やはり幽霊なんだな」
『答えられるのは、それだけだ。生前の記憶は、殆どない』
　その言葉に何か応じようとして――けれど高久は、ハッと気付いた。
　自分の身体が、まるでこちらこそが幽霊であるかのように透けていっているということに。
「時間切れか。やっと話ができる状態になったんだがな」
『よくわからないが……勝ち逃げをする気か？』
「別に、こちらが勝ったわけじゃないだろう。戦いを止めただけだ」
　戦闘狂めいた問いに、苦笑を返して。
　それを最後に、高久は元の世界への帰還を果たした。

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