あなたと巡り合ってから｜リアクション

あなたと巡り合ってから

「もうちょっとで終わるから待っててくれよ」
　机の上に広げた教科書のページを、爪をちょこっと出したジャブで捲ろうとする白猫を、八神修は左の手の甲を使って牽制する。
　若い雑種の雄猫が勉強の邪魔になるから手の甲をちょいちょいと前脚の先でつつき始めるので、シャープペンを置いて、修は右手で猫の頭を撫でた。
「他のみんなはどうした？」
　この時間は他の猫達と午後のひとときを楽しんでいるはずだ。逆に言えばそういう時間だから、こうして邪魔などされず勉強に修が集中できるはずだった。
　後続が来ないところをみると単独一匹で修の部屋に訪れたらしい。
「つまらなくて僕のところに遊びに来たのか？　なら、もう少しだから辛抱してくれよ」
　言うて、猫に言葉は通じず、まして″勉強するから″など理解されもしない。
　″そんな事より僕に構えニャー″状態である。
　好奇心旺盛な甘えん坊。
　それがこの白猫――ミルクだった。
　雑種の割に綺麗な白猫なので修は、どうせならそれにちなんだ名前で呼ぼうしたのに結局は自己主張も強い彼自身の要望で安直なネーミングに落ち着いた。冷蔵庫の前でミルクを所望したあの頃は子猫とわかるくらいは小さかった。
　初対面（はつたいめん）が、カラスに襲われ傷負いに白い体を赤色の斑に染めるという衝撃的なものだったので、尚更、元気に成長したものだと感慨深い。
「待っててくれよ」
　と修は猫の介入により勉強は中途で終わるという自身への半端は許さず、手も頭もフル回転だ。
　ただ、言葉が通じない自由を謳歌する生き物というのはその率直さが愛らしい反面、厄介なものでもあった。更には、強い好奇心と甘えたがりが組み合わされると、繰り広げられる攻防は中々に激しいものとなる。
「…………」
　お願いだからと、構えない事を詫ても詮無いとは重々承知しているが、
　消しゴムを猫パンチ一発でごみ箱にホールインワンされたり、
　教科書の下に鼻先を入れ顔を使って本を閉じたり、
　動くシャーペンの先をロックオンし飛びかかってきたり、
　ただひたすら「にゃーおにゃーお」と鳴かれてしまうと否が応でも修は反応せざるをえない。
　注意散漫になればその分効率が落ちて勉強時間が長引くのだが、そんなの猫にはお構い無しだろう。
（これは集中力が鍛えられそうだ………）
　何事も前向きに捉える修だが、流石にこれは苦笑した。ここで折れたら負けなので意地でも続行だ。

…※…

「思えばミルクと出会ったのもこんな天気の日だったな……」
　白猫の猛攻に耐えた修が手に持っているのはシャーペンではなく、猫用ブラシ。
　結局は勉強が終了するまでミルクの甘えたい攻撃に耐えるだけの持久戦になってしまったが、待っててくれとお願いした言葉通り、勉強が終われば今度はミルクの自由にさせる修。
　あの時から今日まで決して短くない日々を、どこから取り出したのかミルクが持参したおもちゃで彼と親交を深める、修は日差しのあたたかさにぼんやりと追想していた。
「ほんと、元気になったな」
　出会いこそ汗握る展開で、回復が進み包帯が取れた時は本当に本当に嬉しかった。そして、大きな怪我も病気も無く健やかにいてくれたし、名前を自分で選ぶだけの主張はするチャーミングさはいつまでたっても変わらず、そこがまた愛らしい。
「ああ、そうだ」
　修は思い出す。
　ミルクは修は勿論、彼の想い人にも良く懐いていた。ネコミュージックフェスティバルの出会いもあってか、他の猫よりも彼女との思い出も多い。
「彼女の太腿の上で寛ぐとか……なんて羨ましい。軽く嫉妬だぞ」
　猫相手に冗談めいて、笑う。
　そっか。ミルクも彼女が大好きか。と、互いに好意の度合いを探り合って、修は両肩を竦めた。
「優しいお姉さんだもんな」
　確かにツインテールのかわいい思わず守ってしまいたくなる彼女は誰からも好まれるだろう。
　また会わせてやろうと考え、修にどんな約束を取り付けようかと４月のイベントの多さに楽しみが増えそうだと微笑んだ。
　そんな中、ミルクが腕の中で体勢を変えた。伸びるように持ち上がった頭が修に振り向いた。
　どうしたのだろうと向けた修の目とミルクの目が合う。するとミルクがゆっくりと修に瞬きする。
　それはサインだった。修も見逃さすことはない。
「俺も大好きだよ」
　猫のアイコンタクトは親密さの表れで。
　素直に感情表現してくれるミルクに、ういやつめと言葉と行動で修は応える。
　わしゃわしゃと全身を撫でて、さすって、撫でて――。
　お日様のようなミルク。
　彼との交流は、心がぽかぽかになってく……。

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