政治経済特殊講義　～需要と供給と金儲け～｜リアクション

政治経済特殊講義　～需要と供給と金儲け～

【桃原空音の場合】

　空音は燃えていた。
　ある意味萌えているともいえなくもないがとにかく燃えていた。
（総理大臣になってオタク文化を世界中に認めさせて、日本を、そして世界を萌えで一杯にするのだ！　萌えはいいよ！　幸せな気持ちになるよ！　皆幸せ！　でも萌えだけじゃ困っちゃうだろうから政治とか経済とかムズカシイお勉強もしないとね！　ては萌えのため！　だよ！）
　総理大臣という夢がある。
　もしもこのままなってしまえば日本初の女性総理なのだが……、さて、どうなるだろう。
「先生！」
　自分の番が来るやいなや、真っ先に空音は松沼先生へと挙手をした。
「やる気は十分だな……」
　そうして、空音は発表した。
「お水を高く売るってことは、つまりお水に価値があれば需要は上がるってことです！将来あたしが総理大臣になったら、この水はあたしが高校生時代に売った水ってことで、すっごく価値が出るかもしれない！」
「ほ、ほう？」
　空音の主張にぴくりと眉が動いた松沼先生。
　空音はそれに気づかず続ける。
「あたしが総理大臣になりますっていう演説付きでやれば知名度もアップ！　ペットボトルには萌えきゅんラベルや特典付きとか！　我ながら名案なのだ！　えっへん！」
　そう言って胸を張る空音に、松沼先生は告げた。
「……桃原も後で職員室に来なさい」
「えーっ！」
　ちなみに、出席簿には『不可』と書かれた。

【森蓮の場合】

　蓮は堂々と語っていた。
　彼は元々資本主義経済や市場原理主義に懐疑的であり、その疑問を議論する機会でもあったのだ。
「学校教育は、欲望に対し批判的に考えることを促すものだと思います。『道徳を軽んじる経済は偽物である』という言葉もあります。たとえば、経済学者がスイスの村で行った調査では、核廃棄物処理場の建設を受け入れるか質問したところ、51％の村民から支持を得ました」
「それで？」
　松沼先生は先を促す。
「しかし、一人当たり毎年8700ドルの補償金を支払うと申し出たところ、賛成は25％に半減しました。負担を進んで担おうとした住民は、現金を賄賂と見なし、公共心への侮辱と感じたようです。このような、金銭以外の価値観を示すことは有意義でしょう」
　と前置きを語り終える蓮。
「さて、課題とこれらの問題を関連させた場合、私なら一人ひとりに『大丈夫ですか？』『なにかお手伝いできることはありませんか？』と尋ねていきます。もちろん、相手からはさまざまな問題が出てくるでしょう。例えば、子連れの方から『子供の体調が悪いので、病院まで背負ってほしい』と頼まれるかもしれません。その場合は落ち着いて話ができるよう、無償で水を差し上げます」
「無償で水を渡して、森は何を得る？」
　蓮の解答に松沼先生は問う。
「金では買えない経験や、善行をなした自信・満足感を得ます。私はそれを大事にしたいです。相手がなにか物でお礼をしたいようなら、また会えるよう名刺をいただきましょう。連絡先でもかまいません。働いて作った人脈は、お金よりも信頼できるでしょう」
「……そうか。座っていいぞ」
　松沼先生は出席簿に『可』と書いた。
「森、教師として一つだけ忠告しておこう」
「拝聴致します」
「いや、いい。なかったことにしてくれ」
　松沼先生がそのとき、何を言いたかったのか蓮は分からなかった。
　共感や侮蔑の類でも無く一つの経済の先生としておそらく言いたかったことがあるに違いないが、松沼先生はそれを飲み込んでしまった。
「では、次」
　そうやって先に進められると蓮としても問うことはできなかった。
　出席簿には『可』（ありとあらゆる可能性を加味した結果）と書かれた。

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