新年度のはじまりはじまり。普通科編｜リアクション

新年度のはじまりはじまり。普通科編

●これからの一年も
　綾辻綾花は、ちょっとした緊張と共に持参したお弁当箱を開いていた。
　思い切って早川珪を昼食に誘い、無事にＯＫを貰えた綾花。
　今、二人は三夜の湖畔近くのベンチに隣り合って座っている。
「少し大きめのお弁当を作ってきたので、一緒に食べませんか？」
「僕も食べていいのかい？」
　勿論です、と頷きながら綾花がお弁当箱を開けば。
「わぁ……可愛いね」
　猫型のおにぎりは海苔で目や口が描かれ、肉球をイメージしたハムが配されていたり、美味しそうなのは勿論、見た目にも可愛いお弁当。
　食べるのが勿体無い、という珪に。
「先生に食べてもらいたくて作ったんです」
「本当かい？　ありがとう」
　柔らかな笑みと共に、大事そうに猫型おにぎりを手に取り、丁寧に口に運ぶ珪。
　その様子をついついジィッと見つめてしまう。
「……うん、美味しい。前のサンドイッチもとても美味しかったけど、今日のおにぎりも可愛くて美味しいよ」
　自身は料理ができない珪は心から感心した表情を見せている。
　彼の言葉と表情に、綾花は安堵と喜びを感じずにはいられなかった。

　食事を終え、時間もあったことから二人は手漕ぎボートへと移動した。
「こうしてボートを漕ぐことなんてないから、新鮮だね」
　珪はその身の細さとは裏腹に、しっかりとした手つきでボートを漕ぐ。
　途中で綾花が漕ぎ手を変わります、と伝えたものの
「ありがとう。でも、力仕事は任せてほしいな」
　微笑む珪。
（やっぱり、珪先生は優しいです……）
　ありがとうございます、と綾花ははにかんだ笑みを見せた。　

　いつの間にかボートは陸から遠く離れていた。
　いくらかのボートの姿は見えるが、その距離は遠いこともあり、珪と綾花の周りは柔らかな静けさで包まれている。
「ちょっと頑張って漕ぎ過ぎちゃったみたいだね」
　珪は漕いでいた手を止め苦笑する珪に、綾花は
「いえ、とても楽しかったです」
　素直な気持ちを言葉に出した。そして二人は湖をたゆたうボートに揺られ、穏やかな時間を過ごした。
　周りの景色を見ながら、二人は春休みの話題で盛り上がる。
　綾花が花見で撮った写真のこと、春休みの想い出。
　珪の春休みはやはり図書関連で忙しそうだったけれど、数少ないフリーの日を生き生きと過ごしていたようで。
「先生は、初日って緊張しますか？　私はちょっと緊張してました」
　そう言う綾花に、珪は少しだけ考えた後。
「僕はあまり緊張する方ではないけれど……綾辻さんのように、緊張感を忘れないのは大事なことだよね」
　うんうん、と頷く珪。
「僕もクラス担任として今まで以上に緊張感を持って頑張らないと、だね」
「……珪先生が担任で、凄く嬉しいです。委員会共々お世話になります」
　ぺこり、と頭を下げる綾花に、珪はこちらこそよろしく、と笑みを見せた。　

　これまでも、図書委員として図書室で交流もあったり、偶然に出会えることもあった。
　そのどの思い出も、綾花にとって大切な宝物。勿論、こうして二人でボートに乗った今日の日も、忘れられない一日となるだろう。
　だが、これからはクラス担任。
　顔を合わせる時間が更に増え、もっと色んな珪の姿を見、同じ時間を過ごすことが出来るかと思うと、綾花は期待で胸がいっぱいになるのを感じていた。

　のんびりとした時間は過ぎ、また珪の手で漕がれたボートは船着き場へと戻ってきた。

　綾花がボート乗り場の人に頼んで撮ってもらった二人の写真は、きっと大事な一枚になることだろう。