新年度のはじまりはじまり。普通科編｜リアクション

新年度のはじまりはじまり。普通科編

●五十嵐先生と一緒！
　春の日差しが、柔らかく降り注ぐ。
　丁度良く日が陰った大木の下。レジャーシートの上に、持参したお弁当を広げるのは御巫時子。
　その隣には、五十嵐尚輝が座っていた。
「……御巫さん、いつもお気遣いいただき、ありがとうございます」
　相変わらずぼそぼそとした喋りではあるが、時子の耳にはしっかりと感謝の気持ちが伝わってくる。
「とんでもないです。先生の健康が心配ですし……」
　時子が用意したお弁当は、尚輝の健康を思って作られた栄養バランスの取れた手作りのお弁当。
　いただきます、と二人で手を合わせ。ゆっくりとした時間と共に美味しいお弁当を堪能する。
「尚輝先生。春休みは、アパートには帰られましたか？　それとも、学校に寝泊りですか？」
「そうですね……春休みは生徒の皆さんがいないので、たくさん実験が出来ると思うと興奮してしまい……結局、寝泊りすることが多かったかもしれません」
　やっぱり、と時子は思う。その眉が切なげに下がるのを見れば、尚輝は慌てて付け加えたかのように
「あ、でも少しは家にも帰りました、はい」
　尚輝は放っておくと、研究や実験に没頭してしまうのをわかっているからこそ、彼の健康が心配になる時子。
　コンビニのお弁当やカップ麺ばかりになっていないか心配だが……化学の実験をしている時間が大好きで、野菜が苦手な独身男性が自炊する習慣をつけるのは中々難しいだろう、とも思う。
　だからこそ、このように健康に気を配った食事を提供できれば、と時子は思う。
「ですが……これまでの春休みよりは、充実していたと思い、ます」
　皆で星を見られたのは新鮮でしたし、流れ星まで見れました、と言う尚輝の声は、いつもより弾んで聞こえて。
「それに……お花見もできましたし。今日のピクニックも勿論ですが、いつも、感謝してます」
「とんでもない、です」
　照れくさそうに頬を掻く尚輝に、時子は胸がいっぱいになる気持ちだった。

　食事も終われば、時子は持ってきていた水筒を取り出した。
　中には熱い湯が入っている。そこに、コーヒーの粉を溶かせば……
「尚輝先生、どうぞ」
　熱く、濃いめのコーヒーの出来上がり。ありがとうございます、とそれを受け取る尚輝は
「御巫さんの気配りには、いつも頭が下がるばかりです」　
　誰にでも、こんなに心配してるわけではないですよ、と言いたい気持ちをそっと飲み込み。
「少しでも尚輝先生が安らげるならば、嬉しいです」
　時子は柔らかな笑みを浮かべ、コーヒーを口にする尚輝を見つめた。

　しばし、食後のコーヒータイムを楽しみながら。
「去年は義弘先生のクラスで、今年は俊介先生のクラス……私は数学に縁があるのでしょうか？」
「確かにお二人共、数学教師ですね」
「来年は、尚輝先生のクラスになってみたいですね」
「はい。化学も同じ理系なので、チャンスがあるのでは、と思います」
　ぼそぼそと喋りながらも、尚輝は力強く頷いた。
　
　寝子島の生徒たちが思い思いに三夜湖で戯れ、楽しむ。
　そんな彼らを眺め、二人で落ち着いた時間を過ごしていたのだが……少しずつ時差のある、尚輝の反応。
「尚輝先生？」
　呼びかければ、その言葉に返ってくるのは彼の微かな寝息。
（あ、寝顔……）
　時子は隣でまどろむ尚輝を、そっと見つめるのだった。
（私の隣で安らいでくれるならば、嬉しいですね）