新年度のはじまりはじまり。普通科編｜リアクション

新年度のはじまりはじまり。普通科編

●元・恋人たちのピクニック
　午後の木漏れ日が気持ちが良い、絶好のピクニック日和。

　ゆるゆるとした雰囲気を纏い、軽～いノリで。その場にいた寝子島高校生徒と談笑するのは、北里雅樹。
　一見やる気なしオーラをだるんだるんに発しているが、己から周囲に話しかけ、これまた飄々かつゆるっと会話を楽しんでいた、が。
「あ。椎井」
　サラリとした黒髪のショートカット。長身でスラッとした佇まいの椎井莉鳥が雅樹の横を通って行く。
　こちらに気づいているのか、いないのか。
　相変わらず一人で、いつもと変わらぬ無表情でスタスタと歩いてく莉鳥に
「じゃあみんな、また後程～」
　雅樹は周りの学生達にヒラリと手を振り、莉鳥の後をゆっくりと追った。
（昼寝でもしようかと思ってたけど……）
　今日も、元・彼女の姿を追いかけずにいられない雅樹だった。

　前を歩く莉鳥の姿と、彼女をゆっくりと追う雅樹の距離が徐々に近づいて行く。
　莉鳥は、手頃なベンチを見つけると、そっと腰掛けた。持ってきた鞄を横へ置き、視線を眼前に広がる湖へと向けた。
　ベンチに座る莉鳥の隣にスペースが空いているのを確認した雅樹。
　何も言わず、彼女の隣にドカッと腰かけた。すると
「どうせ弁当持ってきてないんでしょ」
　莉鳥は湖に視線を向けたまま、雅樹へと声をかけた。
「なんだ、着いてきてたの気づいてたのか」
「隠れてる素振りもなかったから」
　隣にいる雅樹に、今日も無感情な視線を合わせてくる莉鳥。
　雅樹は確かに、と頷いた。
「で、持ってきてるの？　お弁当」
　雅樹の返事も待たぬまま、莉鳥は自分の鞄から包みを二つ取り出した。
「持ってきてないけど、もしかしてこれって」
「はい。あげる」
「……悪いな」
　猫鳴館暮らしの雅樹。料理が不得手ではない彼ではあるが、どうせ弁当など持参してないのだろう、と莉鳥は二人分のお弁当を用意してきていた。そしてそれはまさしく大当たり、なわけで。
　莉鳥の天性の勘のお陰もあるだろうが、それ以上に莉鳥と雅樹の関係性は深い。
　家が近所であり、幼馴染であったこと。二人が恋人同士であったこと。
　また、それらが過去形になろうとも、二人で過ごす時間は他の誰と居る時とも違う、二人にとって馴染み深いものであり。
　きっと周りから見たら恋人同士と思われても仕方ないかもしれない。
　だが、雅樹と莉鳥にとっては、恋人同士ではなく『腐れ縁』と言うべき仲だとお互いに理解している。
「……ん、一口ハンバーグ、美味い」
「そう」
　丁寧に作られたであろうハンバーグ、そして既製品とは違う深みのあるソース。
　美味しそうに頬張る雅樹をチラリと横目で見つつ、莉鳥も黙々と口を動かした。
「校長の話、相変わらず長かったな。眠くて死ぬかと思った」
「……校長が手を動かす度に、胸元についていた糸くずが揺れるのを眺めてたわ」
　いまいち話が噛みあわないのも、いつもの二人なのである。
　
「ご馳走さま」
　両手を合わせ、雅樹が満腹で幸せそうな笑みを見せる。
「お粗末さま」
　莉鳥が手際良く弁当箱を片すタイミングを見計らい、雅樹は
「椎井、散歩でもする？」
「……そうね」
　表情を変えぬ莉鳥。歩き出す彼女にそっと歩調を合わせ。
　二人は噛みあわない会話を繰り広げながら、緑の中を歩いて行った。

　これからの、一年。
　それは二人にとって、同じ高校で過ごすことのできる最後の一年。
　雅樹はチラリと横にいる莉鳥へと視線を送れば。
「何？」
　感情のわからない、いつもの莉鳥の眼差し。
「……別に」
　慣れ親しんだ、いつもの空気感。

　この空気感を感じられる時間は、有限なのだろうか？
　そう思いながら、雅樹は空を見上げた。