新年度のはじまりはじまり。普通科編｜リアクション

新年度のはじまりはじまり。普通科編

●薔薇と竹刀
　湖畔を走り終え、朝比奈岳人が呼吸を整えていると、ふと薔薇の香りを感じた。
　勿論、そこに薔薇は咲いていない。記憶に残る香りと、その持ち主を頭に浮かべながら岳人が振り向くと……そこに、緋紅朱赫乃が緊張した面持ちで岳人を見つめていた。
「緋紅朱」
　思わず彼女の苗字が口に出る。
　始業式の後と言うこともあり、普段のゴスロリ姿ではなく制服姿。
　彼女自身が岳人を見つけられたことに驚きの表情を見せており、髪色と同じ位、赫乃の頬は上気していた。
（もしかしたら、朝比奈先輩と、会えるかなって、思って……探して、良かった）
　生徒たちの輪の中から岳人を探したが、なかなか見つけられず。
　ふと、湖の方へ視線をやれば、岳人が懸命に走り込む姿が見えたのだ。
「あ、あの、朝比奈先輩……」
　赫乃がグッと拳を握る。岳人も真剣な表情で彼女の言葉を待った。
「お昼ご飯、一緒にどうですか？」
　上目遣いに見る赫乃。一瞬、岳人はどう返事すれば良いのかわからなかった。
　これから昼寝にでも行こうかと思った矢先、思いも寄らぬ後輩からの誘い。
「……あの、ご迷惑だったら、大丈夫です、ので」
「迷惑ではない」
　岳人が心の通りに即座に応えれば、赫乃の表情はパッと明るく輝いた。
　決して迷惑なわけではない。ただ、この感情を彼女にどう伝えればいいか、言葉にすることが岳人には難しかった。
　赫乃の嬉しそうな表情に安堵感を感じつつ。岳人は気を取り直すように少し先のベンチを指差した。　
「向こうにベンチがあるようだ。そこで食べよう」
「……はい」
　赫乃は嬉しそうに頷いた。

　それとなく赫乃の持つ荷物を岳人が持ち、彼女の歩調に合わせ歩く。
（クラスも学年も違う女子と二人……正直、わからない）
　岳人は隣に並ぶ、赫乃をそっと見る。
（だが、一緒にと言われて……悪い気持ちではない）
　嬉しそうな表情を見せる赫乃に、己の口角が上がっていることに気づく岳人だった。

　ベンチに着き、岳人は持参した食事を鞄から取り出した。
　ガサガサッ、と鞄から取り出したのは……
「先輩、コンビニ弁当、です、か？」
　しかも特盛。
「ん？　あぁ。あと、これだ」
　どどん、と野菜ジュースのボトルが出てきた。
　こんな重たそうなもの持ってる素振り、全然見えなかった……と赫乃は思いつつ。

「いつもお昼は、コンビニで、買うの、ですか？」
「コンビニか、学食だな。朝食は取ってくるが、朝練もあるから時間が……な」
　ふと、岳人が赫乃のお弁当を見れば、小さなおにぎりやウインナー、きゅうり、うずらの卵を串に刺したもの……などなど、彼女らしく愛らしい内容とサイズ。
　それらを可愛らしく口に運ぶ姿は、まさに愛らしい小動物に見える。
　水筒のお茶をコクリと飲み干すと、赫乃は決心したかのように岳人の切れ長の眼差しに視線を送った。
「……いつもは、難しいかも、しれません、けど、時間が、あったら、一緒に」
　精一杯の勇気を出して。
「学食、とか、お昼、一緒、してみたい、ですね」
　そんな赫乃に、岳人は
「あぁ、そうだな」
　彼女の勇気を受け止めながら。穏やかな気持ちで頷いた。
　
　天気も良く、柔らかな光が二人を包む。
　そよぐ風は心地よく、また赫乃の隣に居ることで薔薇の香りも微かに感じられて。
（……昼寝をしていたら味わえなかったな）
　岳人は穏やかな時間を満喫していた。　

　赫乃もまた、岳人との穏やかな空気に心地良さを感じていた。
　ゆっくりと話す赫乃の言葉にも、急かすことなく相槌を打ち、耳を傾けてくれる。
　ひな祭りで赫乃が抱えて、抱えきれなかった想いを伝えた時の岳人は真剣そのものだったが、今日はお互いに笑みが溢れている。
　このゆるやかで満ち足りた時間がずっと続けばいいのに、と赫乃は心から思うのだった。

　……だが、こうして共に学生生活を過ごせるのも１年なのだ。
　きっと社会に出てしまえば１年の差なんて気になる程ではないのかもしれない。だけれど、学生生活の１年はあまりにも大きい。
　来年になれば、赫乃が三年生となり、岳人は卒業。
「先輩は、今年、目標とか、あります、か？」
　おずおずと聞く赫乃に、岳人は真剣な面持ちで答えた。
「俺の今年、か。……勿論、剣道の全国大会だ。勝つと信じて、全力を尽くす」
　負ける前提で戦う者は、勝利から遠ざかる――それを信条としている岳人の眼差しは力強く、凛々しい。
　そんな岳人の強い向上心を目の当たりにし。
「応援、して、います」
「有難う」
　岳人の笑みに、胸が熱くなるを感じる赫乃だった。

このページにイラストを設定する

新年度のはじまりはじまり。普通科編

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧