Fashion In the Spring｜リアクション

Fashion In the Spring

■ハートを絹にくるませて
　突然だが、弘明寺能美子について語らねばならない。
　神奈川から寝子島へと移ってきた彼女は、齢１６にしてモデル並みのプロポーションボディをもちお家の豊かさから美容にかけるコストもたいへんお高いお嬢様なのである。
「春物かあ。次のワードローブ、どうしようかな……」
　わかんない人のために説明すると、ワードローブとは衣装箪笥を意味する言葉で、転じて手持ちのファッションアイテムセット全般をさす。コーデカードデッキとか呼ぶと、分かる人が増えるかもしれない。
　そこへ能美子お嬢様ときたら、このセットを季節ごとに新調していくというのだから驚きである。
　春になったから押し入れから春物出さなくちゃ、とか言わない種族なのである。
　むしろ、季節のはじめにはウォークインクローゼットの中身をまるっと倉庫に放り込んで新しい服を並べていく作業が始まるのだ。
「昔はどうだったかしら。こっちに来たばっかりの頃は確か……」
　ほわんほわんと記憶の雲を見つめる能美子。
　真っ赤なコートを中心に、見る者にがつんとインパクトを与えるようなコーディネートばかりだったように思う。１６歳（当時はもっと若い）で着る服かといえばそうではないが、能美子の大人びた体型と性格（そしてなんといってもあのキリッとした目つき）がそれを許していた。
　だというのに、今しっかりと手に握っているのは、淡い桃色のワンピースだった。
「私も丸くなったわね……」

　人類は毛皮を捨て、服にその身をゆだねた種族である。
　ゆえに服とは身体の一部であり、生活の一部であり、心のディスプレイパッケージなのだ。
　紫のドレスや黒い下着を選んでいたのは、要するにそういうシグナルカラーを自らの精神が発していたということなのだが……。
　その色合いはやんわりと薄れ、彼女のほっそりとしたボディラインを活かすようにあえてキュッと締めたタイプのシルエットとなり、そこに灰色の薄い羽織りがかかるというふんわりしたコーディネートにまとまった。
　こーでよくわかんないという人にも向けて解説すると、戦士系装備から回復系装備にチェンジした具合である。
　ファッション誌で使われる用語をあえて避けるが、『春なので桜色にしてみました感』をあえて全面に出していた。前ならそういうの、大衆に流されてる感じがしてイヤだったはずなのだが。
　見る側としてもああ春ですねえと和めるような、周囲を受け入れた具合である。
「桜色と灰色。淡色どうし引き立ててくれそうだと思ったけど……うん」
　試着室で鏡に向かって。
　くいっと腰をひねってみる。
　攻撃性を捨て、余裕のある、しかしポジションの高さは忘れていないような……そんな具合である。
「やっぱり私、ここへ来て変わったのね」

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