桜花寮フルーツバスケット！｜リアクション

桜花寮フルーツバスケット！

○秘密のお引越し

　恵御納夏朝には、秘密があった。
「僕はＣ寮の１人部屋を希望したよ」
　猫好き仲間の上下左右に聞かれ、答える。
「そうなんですか？　私は一人部屋だったので二人部屋に憧れています。部屋割りも引っ越しも、楽しみですわ～」
「そうだね……二人部屋もいいよね」
　左右に答えながら、かつて二人部屋にいた頃のことを思う。
（二人部屋も魅力的だけど……ばれちゃいけない事も、あるから……）
「そうだ、引っ越しのお手伝いしますね。私は二人部屋だからまだ発表されてないんで手が空いてるんですの」
「えっ……いいの？」
（ありがたいけど大丈夫かな……全力で、ばれないように引越しないと……！）
　夏朝の秘密、それは……

　部屋へ戻り、いつものように廊下に人気がないのを確認してからドアを開いて入り、鍵をかける。
「おはぎちゃん、出てきていいよ」
　すると、何もいなかったはずのところからふわふわ長毛黒猫が現れ、夏朝にすり寄ってきた。
　ペット禁止の桜花寮で、ずっと飼いたかった猫。
　ひょんなことから出会ったこの子は、眼がカメラのレンズ、尻尾がアンテナ、光学的に姿を消す能力を持っているという不思議な猫だった。
　姿を消せるとはいえ油断はできない。ばれないよう気を付け密かに飼っていた。
「普通の荷物は持つの手伝ってもらってもＯＫだけど」
　ばれたくない、猫用品・不思議案件で得た物等入りの箱は自力で運ぼう、と夏朝は思う。
（もちろんおはぎちゃんも、ね）
　部屋の損傷を防ぐため、壁には保護用シートやタイルカーペットが貼ってある。
　それを手早くはがし、軽く掃除をして、忘れ物等ないか確認する。
「恵御納先輩～、お手伝いに来ました」
　廊下で左右の声がした。
　左右と夏朝は同級だが、何故か同級生に対しても先輩と呼ぶ。
「ありがとう、ちょっと待ってね」
　おはぎちゃんはさっと消えた。
　それを確認してから夏朝はゆっくり扉を開け、普通の荷物を廊下に出した。
「こっそりろっこんで荷運びしちゃいますね」
「あ、うん、ごめん、新しい部屋のドアを開けて来てもらえるかな……廊下に荷物を出しておくから」
「あら、部屋の中からろっこんをつかったほうが……」
「いや、もしぶつかっちゃったりするといけないから、慎重にやりたいんだ……ごめんね」
　左右は首をかしげつつも鍵を預かり、新しい部屋へ向かっていった。
　夏朝は念の為古い部屋に鍵をかけてから、猫用品はシールを貼り、自分のろっこんで運ぶ。
　そして急いで戻ると、底にクッションを入れた大きい背負い鞄を取り出した。
（おはぎちゃん、中で寝ててくれるかな……）
「ごめん……少し、我慢してね」
　小声で言うと、中が見えぬようそっと布を入れ、その上から縫いぐるみを入れる。
　夏朝が作った、おはぎちゃんと等身大で瓜二つの長毛黒猫の縫いぐるみだ。
　これがあればもし見つかっても、縫いぐるみと間違えたのだろう、と言い訳できる。
「恵御納先輩、この荷物なら乗れそうですわね。乗っちゃってスイ～ッと行っちゃいません？」
　戻ってきた左右が楽しそうに言う
「え……大丈夫、なの？　揺れたりしないかな」
「十分使ってみましたから大丈夫ですわ。移動はあっという間ですわよ」
（あんまり断ったら怪しまれるかな……）
　おはぎちゃんの入った鞄を抱えておそるおそる夏朝が荷物に乗ってみると、左右が床に杖をつく。
　荷物は揺れることもなくスイ～ッと廊下を滑った。
「面白いかも……」
　左右より先に新しい部屋の前に着いた夏朝は、急いで鞄を部屋に運び込む。
「ありがとう、助かったよ」

　もっと手伝いたそうな左右が去った後、夏朝は新しい部屋に壁保護用シート等を設置した。
「もう出てもいいよ」
　鞄を開けると、おはぎちゃんは寝息を立てていた。
　ほっとしたらなんだか疲れが出てきた。
　荷物整理は後回しにしよう、と思いながら、そっと夏朝はつぶやく。
「……高２の１年も、頑張るよ！」
　