■いぬとねことももたろう
　地球に未曾有の危機が迫っている今日この頃ですた、ここで『一方その頃』のお話をしましょう。
　むかしむかしあるところに、衛星級宇宙護衛艦いぬみんスターがありました。
　宇宙オーガの侵略によって大半の国民と生活資源のほぼ全てを奪われたいぬみん星人の技術を結集して生み出したこの護衛艦は、宇宙オーガを追いかけるために作られました。
　いぬみん星の資源を奪って建造した超巨大さつりく兵器が地球へ向かっているとの情報を掴んだ彼らが、間接的にとはいえ自らが巻いた種を刈るべく立ち上がったのです。というか、宇宙オーガに星を攻撃されまくり惑星寿命を三十年くらいまで縮められてしまったので、こうでもしないとやってらんないという国民の声もあったようでした。
「姫、戦闘隊の準備が出来ましたみん」
「みみみん……」
　頭にいぬさんを乗っけた狗民 きとりが、ファーふわっふわのケープを纏って振り返りました。なんか犬っぽいステッキも持って全体的にすごくラグジュアリーなので、たぶん姫なんだと思います。
「亡きお父上にかわっていぬみんスターを収める使命、立派に果たして見せます！」
「しかし……」
　多分国民っていうかいぬみん星人だと思うんですが、いぬを三頭身にデフォルメしたような生き物がディスプレイへと振り返りました。
　そこに映っているのは、いぬみん星人の仇こと宇宙オーガの船ではありません。
　端的に言うと、でっかいにゃんこの顔でした。

　むかしむかしあるところに、宇宙猫艦『ぷふぃるずぃひ・けっつひぇん』がありました。
　すごく日本語発音に優しくない名前のせいで艦長も部下も『ネコカン』って呼んでいます。
　この船は宇宙一可愛いにゃんこが乗り込みかわいさを動力にして戦うというなん色々とふんわりした戦艦なのでした。
　館長の恵御納 夏朝は、エンジンルームでひたすらごろごろするネコたちを眺めて言いました。
「じぶんちのネコが宇宙一可愛いのは常識。そんな皆の心にある宇宙一の矛盾をこう、なんか宇宙的なアレで、こう、アレして、できあがったのがこのネコエネルギーだよ」
　ずっと昔、ネコは必ず足から着地するしバターを塗ったパンはバター面を下にして落ちるから、ネコの背中にバター塗って落としたら永久に回転し続けて無限エネルギーになるよっていうジョークがありましたけど、大体それに近いものだと思ってください。
「折角ネコカンで地球観光ができると思ったのに……友達も連れてきたのに……」
「にゃん？」
　ネコ友達ことネコマタの椿 美咲紀は、猫耳をぺたんとやって首を傾げました。
「……」
　何友達なのかよくわかんないバニーガールの椎井 莉鳥も逆向きに首を傾げました。
　三人の見上げたディスプレイには、巨大ないぬの顔が映っていたのです。

　カンのいい読者の皆さんは既にお気づきのことと思いますが、お喋りの通じない者同士が完全武装で向き合ったとき、大抵殴り合いが始まるものです。
　なまじ宇宙オーガとかいうイカれた略奪者たちを見ている分、立ち塞がるものはみんな敵みたいな発想がいぬみん星人にはありました。惑星寿命が数十年しかなかったらみんなそうなると思います。お友達に惑星寿命が残り三十年くらいの人がいたら聞いてみてください。
「だれであれ、侵略者を討ち滅ぼすという使命を邪魔させはしないのです。いぬみんビーム発射！」
　巨大ないぬの口が開き、ワオーンという声と共に青白いビームが放たれました。
　そこら辺のシューティングゲームの自機が一瞬で蒸発するようなやつです。直撃をくらったネコカンもただではすみませんでした。
「ひ、被害状況はっ！？」
「エンジンルームのネコたちが怖がってベッドの下に隠れてしまいましたにゃ！」
「たいへんだ！」
　エンジンルームにはにゃんこたちがかわいさを発揮できるようにピンポン玉とか丸めたアルミホイルとかトイレットペーパーの芯とか、お金かけずにネコを遊ばせる道具がめっちゃ転がっているのですが、みんなそれを無視して狭いところに逃げ込んでいます。
「燃料をいれてっ、カワイイグッズをありったけ詰めるの！」
　夏朝が振り返って叫びました。
　美咲紀と莉鳥はなんのこっちゃ分かりませんでしたが、近くのにゃんこがコレ持って走れといろんなグッズを渡してきたので言うとおりにエンジンルームへダッシュしました。
「なあに、これは」
　莉鳥が取り出したのはでっかいクロワッサンみたいなクッションでした。
　ネコと何の関係があるのか分かりませんでしたが、美咲紀はネコなだけあって分かるようでした。
「こうして使うのです」
　ネコの前に設置して、スマホ構えて待機します。
　するとネコがそーっと近づき、パンを両手でこねこねし始めました。
「おほーお、このクッションはにゃんこがこねこねするのに丁度いい柔らかさなのですよー」
「へ、へえ……」
　クールな莉鳥もネコがうっとりこねこねしてる姿にはちょっとひかれるものがあるようでした。
　となると別のアイテムも気になってきます。
　次に取り出したのはノートパソコンのフリをした段ボールのオモチャでした。
　今時子供でも喜ばないでしょと思いましたが、美咲紀は使用方法が分かっているようです。
「これは、こうなのですよ」
　ノートパソコンのディスプレイにあたる部分を開いて設置すると、にゃんこがたかたかやってきて小刻みにキーボードをタイプし始めました。
　たまに本体から伸びたマウス（ネズミのオモチャ）をちゃいちゃいして動かすさまは、まさにパソコンネコでした。
「キーボード部分が爪研ぎになっているうえににゃんこならいじらずにいられないマウスが付属した、にゃんこ用ノートパソコンなのですよ！」
「へ、へえ……そうなんだ……」
　莉鳥のテンションが静かに上がっていました。
　一方、にゃんこのかわいさを補充したネコカンはというと。
「とらんすふぉーめーしょん！」
　巨大なねこの顔がぱかっと割れたかと思うと、あーしてこーしてなんやかんやで人型へと変型し、こうこうと輝く肉球で殴りかかるではありませんか。
　目を光らせて突撃するいぬみんスター。
　肉球を光らせて突撃するネコカン。
　両者がぶつかり、宇宙で大爆発がおきました。

　あるところにももたろうという青年が居ました。
　又の名を御剣 刀。剣道部主将。ナカムラ系の主人公ヴォイスと眺めの前髪がいかにもヒロイン勢にモテそうな男子です。
　未だかつてないほどに昔話っぽい書き出しから一気に萌えラノベみたいになりましたが、ご安心ください。
「ふみゃ！」
「にゃあ！」
「みん！」
「いたい」
　日課のランニングを終え六畳一間のアパートへ帰ってきた途端、天井を突き破って美咲紀（ネコマタ）と夏朝（ねこたろう）ときとり（いぬみん）と莉鳥（バニーガール）が降ってきました。
　オチモノ系ストーリー成立でございます。
「うわあっ、なんだ！？　……って俺のゲーム機が！　テレビが！　そして天井がー！」
　ラノベ主人公を題材にしたアニメで一話目にまず言いそうなことをちゃんと言ってくれる刀君でした。
「うーん、緊急脱出装置がはたらいてことなきをえたみたい」
「ごめんなさい、いぬみんたちのせいですよね。宇宙オーガの仲間だと思ってつい……」
「いやいやこっちこそなんのおかまいもできず」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
　四人で勝手に話を進めるヒロイン（？）たちに、刀は両手を振り上げて言いました。
「お前らなんなんだ！　説明しろ！」
　どこまでもラノベ主人公みたいな刀君でした。
　ここから、刀君の部屋に居候する四人の宇宙人が地球に疎い系のネタをやったり着替え中やお風呂にばったり遭遇するお色気ハプニングが起きたり夏には水着や浴衣で集合イラストを（刀君をワイプに閉じ込めつつ）作ったり冬には温泉回で白い湯気と光を駆使したりと楽しくも賑やかな日常系ストーリーが始まるのかなと思わせる、実に綺麗な入りでした。
　『いぬねこ！』とかいうタイトルでアニメ化しそうな話ですね。
　ですがこのお話は桃太郎なのです。
　もうどこにも原型はありませんが、鬼を退治する部分くらいは達成せねばならぬのです。
　というわけで……。

「宇宙オーガを倒す？」
　四人にひやむぎを食わせつつ、刀はそう言いました。
「みん！　宇宙オーガは大量殺戮兵器『桃』を建造し、いまにも地球を破壊する勢いなのです。わたしたちいぬみん星人は、その野望を阻止すべく超兵器『包丁』を開発しましたが……あまりに巨大で高出力の兵器なせいで扱えるだけの技術がなくて……」
　みんみんとうつ伏せて泣き始めるきとり。
　ガチのいぬみん星人になったからって『みん』を万能語みたいに使っていました。
「とにかく小型化して持ち歩くことはできたのですが……」
　そう言って、きとりは一本の日本刀を取り出し、両手で献上するかのように刀へと差し出しました。
　カンのいい読者の皆様ならピンときていることでしょう。
　こういうときこの手の兵器を使いこなせるのは、天井突き破って落ちてきた美少女にひやむぎ食わせられるようなバリバリの主人公タイプの人と相場が決まっているのです。
　そして相場が決まったので、そこへ至るまでのアニメにして約１２話分の物語はカットさせていただくのです。
　いぬみんの不思議宇宙人ポジのメインヒロイン感や、夏朝がどこか幼女めいた魅力の発明家ポジについて色々うまいこと回す所や、莉鳥が釘バット一本で地元の不良たちでピラミッドつくる所や、美咲紀がことあるごとにネコキャラをアピールしていくという日常系アニメワンクール分はカットするのです。
　そして最終回１３話。それまでチラチラと意味深に出てきていた矢萩 咲が宇宙オーガ襲来の知らせをもって現われるところから話が大きく進展して、気づけば部隊は宇宙に変わっているのでした。