【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

　さすが天下のDOG110、彼女たちを観に来た人も少なくないのだろう。ステージ最前列はかなりの混雑であったが、夢宮瑠奈はちょうど収まる隙間を見つけ、すっぽりと収まってこれを鑑賞している。
「ああ、やっぱり最前線のアイドルグループは違うなあ……！」
　音と光、そしてダンスのステージはまばゆい。
　オーラと言うべきか、揃って立っているだけでもパワーが伝わってくる。いつ観ても新鮮さが落ちないのもすごいことだ。ただ可愛いだけ、ただ綺麗な振り付けで踊るだけでは、ここまでの迫力はなかったはずだ。現れるだけで場の空気を持って行ってしまう、それほどの絶対無比感、アイドルの完成形がそこにあった。瑠奈にとっても彼女たちは、憧れの『偶像（アイドル）』なのだった。
　学び取りたい、そしてもっと近づきたい、そう願いながら瑠奈は、最前列の熱気に同化して腕を振り上げ、ともに歌いつづけた。

　DOG110がステージを去ると、潮が引くように最前列から観客は消えた。
　けれど瑠奈は動かない。動けなかった。彼女たちから受け取ったものが大きすぎて。
　あたしが出せるものなんて、DOG110の何十分の一、何百分の一かもしれないけれど――。
　あたしもステージに立ちたい、強くそう思った。
「わかるよ」
　背後から瑠奈に呼びかける者があった。
「夢宮さん、あなたも、『ステージに立つ側』の人間だものね」
　樋口弥生だった。
「先生――！」
「時間が余ったんだって、ラストの飛び入り募集、まだしているみたい」
　くす、と弥生は微笑した。
「あのDOG110の後に立つなんて、って、みんな恐れをなして誰も手を挙げてないみたい。ましてや、同じジャンルのアイドルソングでなんて――」
　でも、と弥生は瑠奈の肩に手を置いた。
「夢宮さんならやるかもしれない、そんな風に思ってる」
「先生……樋口先生、よければ先生も、一緒に舞台に上がって下さい……！」
「私はこれでもロックシンガーだから、夢宮さんの音楽性とはちょっと違うかもね。それに、カラオケのときに一度、舞台に上げてもらって今日の表現欲求はそれなりに満たしたつもりよ」

　蛇足という人がいるかもしれない。
　DOG110の後にどうして、と訝しがる人も。
　せせら笑う声が、あったっておかしくない。
　それでも……瑠奈はステージに立った。ステージの中央に！
　衣装は矢絣袴、春を思わせる明るいカラーである！

　桜色（ぴんく）の季節（せかい）　鮮やかな頃
　みんなみんな　夢心地
　笑いあって　たのしめるなら
　この刹那は　永遠になる……

　最後の飛び入り、まさかのもう一幕だ。
　完全に無視している者も少なくはなかったが、あれ、と去りかけて足を止める観客があった。
　飛び入り参加の瑠奈だから、最初から準備された脚光ではない。派手な演出もない。正直、DOG110の計算しつくされたライティングと比べると見劣りがする。
　けれども瑠奈は臆さず、堂々と歌うのだった。
　盛り上げたい、そう誓って。
　桜の咲く時間は短いけれど、楽しいならきっと、皆の心に残るよね――これがこの曲のテーマなのだ。

　あなたは忘れたかもしれないけど
　わたしはあなたを覚えてるよ
　あの日の願いが今もあるのは
　あなたのおかげなんだよ、ホント
　
　あっ、という声が聞こえた。
　え？　なに？　という声もする。
　ステージの輝きに魅せられて、つい最前列に向かってしまう者も。

　桜色（ぴんく）の季節（せかい）　流れ流れて
　草木（みどり）の季節（せかい）にたどり着いても
　わたしたちの夢は終わらない
　ここからまた始まるんだ

　歌っているのだ……弥生が、ともに！
　結局出とるやないか！　ええ、結局出てきました！
　色違いお揃いの矢絣袴まで着た上で！

　草木（みどり）の季節（せかい）　流れ流れて
　いつかまた来る　桜色（ぴんく）の季節（せかい）
　わたしたちはそこを目指して
　あなたとともにいきてゆく

　あなたとともにいきてゆく
　
　あなたとともにいきてゆく！

　曲のクライマックスとともに、猛然と桜吹雪が巻き上がった。春色の龍が空に昇っていくかのよう。
　そう、これは「春」風のいたずら、瑠奈の『ろっこん』がもたらしたものだ。
　この能力（ちから）は、と瑠奈は確信する。
　ステージに注目する人全員に楽しんでもらうため、喜んでもらうため身についたものなのだと。
　いつしか最前列に、客の姿が戻っていた。
「今日を楽しんでいこう！」
　瑠奈の叫びに答えた声も、決して少なくはなかった。

このページにイラストを設定する

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧