【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

　さてカラオケ大会が幕を閉じると、再びステージはプロアマ入り乱れてのショーへと戻った。ここからは生演奏が主体である。
　天之川麗仁がギターとともに上がった。
「えっと、ギター演奏です。クラシックばかりですが、有名曲中心でやりたいと思います。聴いて下さい」
　ちらりと客席を見ると、野々ののこと七夜あおいが手を振ってくれたのがわかった。
　また、ステージ袖では、ここまで一緒に来てなんとなく親しくなったシャロン･ナイトプレッジが、じっと見守っていてくれているのも知っている。
　不思議と緊張は感じない。自宅で練習しているときのようにリラックスした気持ちだ。
　麗仁は丁寧にコードを押さえ、ギターを爪弾きはじめた。クラシックを演奏するとき、ギターはとてもキメ細かい音を発する。とりわけ麗仁の奏法は、性格を反映してかとても柔らかい。
　タレガ『アルハンブラの想い出』の有名なパートをひととおり奏でたあと、間を置かずJ.S.バッハ『リュート組曲第４番BVW1006a』より『プレリュード』に移った。どこか物悲しいメロディが、解放感のある音楽へと変わる様は、何か美しい昆虫が、脱皮して羽ばたいていくように覚える。
　余韻を残さず一旦区切って、ふたたび奏で始めた楽曲は、瀧廉太郎『荒城の月』だった。そこから最近のロック、ポップスのヒット曲風のメロディをさわりだけ何度か流して場を湧かせ、最後はこれだ。『禁じられた遊び』より『愛のロマンス』！
　なぜ日本でクラシックギターというと必ずこの曲になるのかは謎だが、19世紀後半に作られたスペイン民謡らしいので、クラシックには違いない。
　最後の一音の響きがやんだとき、麗仁を温かい拍手が包んだ。

　暗くなってきたので脚光が強まった。華やかさが増す。
　すれちがいざま、麗仁と「お疲れさま」「がんばって」と短い言葉を交わし、いよいよステージにシャロン･ナイトプレッジが姿を見せた。
「皆さんこんにちは、nth prizmの新人、シェリーですっ」
　そう、彼女は、シェリーというステージネームを名乗ることに決めたのだ。
「いきなりですが私の曲を聞いてください、『Pure Painter』！」
　さあ迷うことはない。客席にフィンレイ･ランカスターの姿を探し軽く頷くと、シャロンはエレキギターを起動させるがごとく、掲げて高らかに鳴らしたのだ。

　汚してしまうと泣かないで　白のキャンバスは1つじゃなくて
　間違えてしまうとやめないで　みんな描かれる日を待っている
　Price is not set　ただあなたが愛していれば
　何より素敵よ　本当よ
　いっぱいに描くあなたを見つけたら私きっと
　ずっと好きになる

　これは彼女の自作曲、まだ世の中に出ていない、この場で初披露するデビュー宣言だ。
　爽やかでこれからの季節向きの涼しげなメロディーと、か細い姿に似合わぬ豪快なピッキングが冴えるギター、そしてなにより、明るく伸びやかな声でシャロン、いやシェリーは歌い上げた。

「あ、ありがとうございましたっ」
　やや不慣れながらそう言って、駆け戻るようにステージ袖にシャロンは下がった。
　――全然お客さんが見えてなかった……。
　このあたりは反省点かもしれない。
　でも、楽しかった。
　今はこれで、いいとしよう。
　次はもっと皆のためのステージにしなきゃね、とシャロンは思う。