【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

　新井すばるは頭をかいて、参ったね、と笑った。

「いや助かったよ。神野さんもブリジットさんも乗馬ができる、けれどボクは恥ずかしながら乗れない。そこで数日前からまもるに頼んで、乗馬練習をさせてもらってたんだ。そうしておけば当日なにくわぬ顔で、桜の花びらの舞う広い草っ原を三人、馬上から楽しめるんだからね。そう、そうなる予定だったんだ」
「それはわかってるわ。聞きたいのは、今日の話」
　ブリジット･アーチャーは腕組みして、彼の次の言を待つのである。
「今日？　ああ、今日だね。ボクは待ち合わせ時間より三時間以上早く牧場についていた。いつも練習についてくれているまもるも今日は忙しそうだった。馬に馴れてきていたボクは、今日は一人でやってみることにした」
「それで馬を間違えたってわけ？」
　神野美野梨の問いに、うんまあそういうことだね、とすばるは答える。
「いるのよね。たまに指導員付きで気性のおとなしい子に乗れたから、一人でも他の馬にも乗れると勘違いしてしまう人って……まったく」
　ブリジットの言葉は刺さったらしく、面目ない、とすばるは頭を下げた。
「困ったのはそこからさ。鞍をつけ騎乗した途端、馬はとんでもない勢いで走りだした。しがみついているだけで精一杯だったよ。気付くと牧草ロールが目の前にあり、意識が遠のいていった……とまあ、順序よく説明すればシンプルな話ではあるね」
「シンプルに大怪我したり死んだりしなかっただけいいでしょ」
「そもそも、頼めば教えてあげたのに」
　今気づいた、とばかりにすばるは驚きの表情となった。
「ああそうか、正直に二人に習った方が楽しかったかもか……いや、いい経験になったよ」
　すばるは屈託なくそう笑った。その表情を見ていると怒る気は失せてくる。
「ま、すばるくんのことだから大丈夫だろうとは思っていたけど」
「じゃあ行かない？」
　美野梨とブリジットがあるき出したのですばるは慌てて、
「え？　帰るのかい？」
「何言ってるの？」
　ブリジットが振り向いた。美野梨が言葉を継ぐ。
「これからでしょ？　お花見」
　
　といっても場所は牧場、桜の花はあるけれど、花より馬、羊にニワトリ、アウトドア、という感じで、三人は乗馬に射撃、野外料理を楽しむのだった。
「乗馬は久しぶりだけど、体は覚えているものね」
　軽やかに美野梨は早駆けし、
「そうね。ほら、すばるもやってみて、ギャロップ」
　ブリジットはつききりですばるに指導していた。
「いきなりそう言われてもね……ええと……」
　すばるは追いつくので精一杯だ。だがそれでも楽しんではいる。
　射撃になっても、やはり美野梨とブリジットの優位は変わらなかった。
「上流チームのふたりには敵わないよなあ……え、教えてくれるの？」
「ライフルくらい扱えないとアメリカじゃハイスクールも卒業できないのよ。ほら、こう」
　ブリジットが構え方から指導してくれる。
「なるほど、それで息を止めて撃つ……と」
　すばるが引き金を引くと、コルク銃は見事、標的を叩き落としていた。
「やった！　ブリジットさん、ありがとう……ところで、アメリカじゃライフル銃を使いこなせないとどうのこうの、って……ジョーク……だよね……？」
「え！」
「うわごめんなさい疑うようなこと訊いちゃって！」
「本気にするなんて思わなかった！」
「ああうん、そうだよね……」
　その後は牧場が一望できる高台にて、作りたてミルクで乾杯、とあいなったわけだが、
「ところで花見は……？」
　とブリジットが思い出すまで、美野梨もすばるも、本日なんのために集まったのか、すっかり忘れていたという。