【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

「え？　今日？　これから？」
　花厳望春は電話を片手に目を丸くしている。
　しかもお菓子を作って持ってきてくれというのだ。計画があったものではなく、少し前に決まったばかりなのだという。
「前に花厳が作ってた菓子美味かったしさ、ナンカ作ってくんねぇ？　頼む！！」
　電話の相手は楢木春彦だ。花見の誘いと、お菓子作りの依頼の両方なのだ。
「ちょっと急すぎない？」
　実に唐突で、実に慌ただしい話ではないか。
　でも、と望春は春彦に返事した。
「喜んで作らせてもらうよ」

　唐突で慌ただしいからこそ、楽しいということもある。屋形船に乗るという話、和風テイストの簡単なドレスコードがあるという話も気に入った。すぐにたちあがると望春はキッチンに向かうのである。さっとエプロンを巻く。手を洗う。その間ずっと、心のレシピ帳を望春はめくりつづけていた。
　時間と手持ち材料、そしてテーマを考え合わせれば、作るものは絞られてくる。
　このときもう、望春は冷蔵庫を開けていた。
　さあ作ろう。
　男ばっかなら質より量かな？
　あ、でも先輩たちがいるなら量より質なのかな？

「またウォーカーか……」
　神嶋征一郎は長々と溜息をついていた。

　ここは星ヶ丘寮の自室、征一郎はランチ後の珈琲を楽しみつつ、楽譜をテーブルに広げてこれをじっくり読み込んでいた。これぞ優雅な休日の過ごし方、征一郎にとって、一週間で一番落ち着く時間である。
　この極めてプライベートな時間に、バルコニーの窓から物音がしたのだ。
　シグレ･ナイトウォーカーの来訪に違いない。彼の訪れはいつもこんな調子だ。
「ウォーカー、お前ドアというものはだな……！」
　ガラッとバルコニーに通じる窓を開け、征一郎はそこが無人であることを知った。
「いない……！？」
　直後征一郎は文字通り飛び上がっていた。
「神嶋、花見に行くぞ！」
「いる！？」
　なんと彼の背後に、勝ち誇ったような笑みを浮かべシグレが立っていたのである。
「今日はドアから入った」
「フェ……」
　落ち着くように深呼吸して征一郎は腰に手を当てた。
「フェイントかけやがって……！」
「フェイント？」
「もういい……いや待て、ウォーカー、お前ドアから入ったのはいいが鍵は！？」
「外した」
「そうか外したか。それなら……いいはずないだろ！」
　征一郎が常識を説くも、わかったわかったと、シグレは聞き流し、それで、と言った。
「桜川に屋形船を出す。風流だろう？」
「風流だろう、って、自分は花見は昨日も行ったばかりで……」
「乗船にあたっては戯れに和風縛りのドレスコードを設けた。まあ、なんとかしろ」
「って話聞け！」
　そもそもシグレは、行くのか行かないのかという質問すらしなかった。
　まったく、と征一郎は眉間にしわを寄せる。
　どうやら自分は、自動的に参加メンバーに組み入れられているらしい。
　シグレ･ナイトウォーカー、強引なヤツだ――征一郎は思った。
　腕組みしてこっちを見ている。そして、「さっさと準備しろ」と何様と言いたくなるような発言までしている。
　だがどうしてもその強引さを、征一郎は嫌いになれないのだった。
　どうやらシグレはそんな征一郎の心境に気がついているようで……それがちょっとばかり、気に入らないではあるのだが。