HOTEL ENCHANTED｜リアクション

HOTEL ENCHANTED

■柱時計のおもてなし
　時計がどうして一秒も狂わずに針を回し続けるのか、疑問に思ったことはあるだろうか。
　佐藤瀬莉もずっと昔に同じ疑問を抱いて、愛用の懐中時計をバラしてようやく知ったのだ。
　噛み合う歯車が、いくつにも連鎖する波の芸術が、一分一秒狂うこと無く回り続ける針となるのだ。
　歯車の配置は時計職人ごとに異なり、狂おしいまでに組み合わさった機械は時として鳩を飛び出させ、時として鐘を鳴らし、時としてバレリーナを踊らせた。
　そんな時計に。
　瀬莉は、なった。

　読者諸兄のなかに時計構造に詳しいかたはおられようか。
　今ではパソコン。昔はラジオ。更に昔は歯車時計といった具合で機械いじりを好む人々の的になっていた懐中時計ではあるが、現代に至ってなお愛好される歯車式時計はまさに芸術。
　歯車だけで動くアンドロイドがかつて空想されたように、なんでもできてしまいそうな、いっそ魔術的な技術がこらされているのだ。
　さて、そんな世界を少しばかり（普通の人に比べればどっぷり）囓っていた瀬莉にとって、自分がアンティークの柱時計になるという経験は困惑以外のなにものでもなかった。
　ねじ巻き程度のメンテナンスで何十年も動き続ける時計というものは、それはもうちょっとした生命体である。
　そんなものになりかわり、毎日決まった時間に鐘を鳴らす（この時点で想像も付かないような歯車技術である）というのは……どうだ……？
「こまったな。お客さんをおもてなしするって言っても、時計が時間通りに動くだけじゃもったいないよね……」
　そこで瀬莉は考えた。
　歯車の中に柱状のものを増やして、長さのことなる小さなバーを自動ピアノ用のコードテープのようにさしていく。それがギリギリ触れる位置に、長さの異なる振動バーを設置。これを俗にオルゴールと呼ぶ。
　歴史的に見ても、カリヨンという複数の鐘の音色を組み合わせて旋律化する大装置にかわる形で時計職人が開発したものである。
　時計に組み込まれるのもまた、自然のこと。
　それこそカリヨンが時間にあわせて音色を変えたように、瀬莉は時間にあわせたオルゴールバーを作っていった。
　気持ちよく目覚める朝。穏やかに眠る夜。お腹がすいたお昼時。ちょっと楽しいおやつ時。
　そして一本特別に、お客様が帰る時には『またきてね』の気持ちを込めた短いフレーズを演奏してみせた。
「時計って、こんなこともできたんだ……」
　やがて瀬莉はお客様に沢山喜ばれて人間にもどったけれど、時計は今もオルゴールの音色を奏でているという。

　――ここはホテルエンチャンテッド。
　新しい出会いのおこる場所。

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