HOTEL ENCHANTED｜リアクション

HOTEL ENCHANTED

■精霊の休日
　木々を通り抜ける風の音。
　小鳥のはばたきと歌。
　まるで風景にかすむように、三宅葉月は森を歩いていた。
　ウェーブのかかった髪をおさえ、目の前に現われた建物を見上げる。
　ホテルエンチャンテッド。
　どこか日常から切り離されたような、幻想的な空気に包まれたその洋館に、葉月は既に心をひかれていた。
　キャンパスや折りたたみスタンドが入ったトランクを引いて、彼女はホテルの扉を開いた。

　清潔なせっけんの香り。
　蝋燭と銀の香り。
　そして、暖かいシチューの香り。
　やわらかい絨毯を踏んで、葉月はフロントを見回した。
　ひとりでになるベル。
　『料金はいただきません！』と掘られたプレートが立ち上がり、ペンと台帳が葉月の手元へやってくる。
　魔法のような光景に僅かに驚きをみせた葉月だが、『さあどうとお手にとってくださいな』とねだるようにゆれるペンを握ったところで警戒心は解けていった。
　気づけばトランクが台車に載せられ、葉月を案内するようにゆっくりと進んでいく。
　ならばと葉月も台車の後ろについて歩いて行くと、そこかしこのものが彼女を出迎えておじぎをした。
　おじぎと言っても千差万別だ。
　揺り椅子はかっくんと背もたれを内向きに倒してくるし、カートにのったお皿はくるりんと回ってみせる。
　柱時計はぼぼーんと少し変わった鐘を鳴らしてくれた。
　みな自己主張はするけれど、葉月をもてなそうという気持ちでいっぱいのようだ。
　きっと歩き疲れた葉月を、ゆっくりと癒やしてくれるだろう。
　扉の前で台車が止まる。
　そそくさとやってきたアンティークの鍵が、『どうぞごゆっくり』と言わんばかりに扉をあけた。

　食事は贅沢の一言だった。
　お皿がワゴンと共にやってきて、自分に盛りつけた料理を語ってくれる。
　この角度が一番美味しく見えるのよと、まるでオシャレした日の服装を自慢するように語るさまに、葉月は気づかぬままに楽しんでいた。
　食事のあとにバスルームに入れば、ブラシやスポンジが彼女を優しく洗い上げ、タオル掛けが丁寧にタオルを巻いてくれる。
　非日常の、しかし人ならではの暖かみを感じながら、葉月は穏やかな一夜を過ごした。
　翌朝まで、ぐっすりと眠れるだろう。

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