全力全開、うさばらし｜リアクション

全力全開、うさばらし

　完成した、と息をひとつ吐き出し、桜月はスケッチブックを手に取る。
　出来上がったばかりのそれは、春の光溢れる空と雲と風に舞う花をイメージしたドレス。椅子に背を正し、デザイン帳を掲げる。全体の線を緋色の瞳でなぞる。
　ふわりゆらり、軽やかに春風にそよぐスカートのデザインの出来を確かめれば確かめるほど、白い眉間に寄る気難しい縦皺が深くなった。
　もう一度、息を吐き出す。鉛筆を取り直し、書き上げたはずの線に別の線を描き足す。
　レースのカーテンを揺らし、窓の向こうから春宵の僅かに湿った冷たい風が流れ込んでくる。優しい花の香を抱いた風に白銀の長い髪を乱されるまま、月は一心に手を動かす。線を描いては消し、書き足しては線の流れを確かめ、心の内に湧いたイメージを歪めることなく紙に描き止めようとする。
　それなのに。
　確固としたイメージは頭の中にあるのに、それを描き出すことができない。どれだけ描いても、どれだけ手直ししても、
(気に入らない)
　違う、と思ってしまう。
　それどころか描けば描くほど、描きたかったものから離れて行ってしまっている。描けば描くほど加速度的に酷くなってきている。そんな気がする。
　思うように描けないもどかしさに胸が詰まる。唇を噛み、鉛筆を掴み直す。苦しむばかりの線に占められた紙の一枚を乱暴に指先に掴む。衝動的にスケッチブックから破り取り、千切り捨ててしまおうとして、
「……っ」
　あり得ないことだと思い直した。それは一番やってはいけないことだと。
(デザインは私の中にあるものを形にする手段)
　つまり、と深呼吸をする。紙を見つめすぎて痛みさえ覚え始めた瞳を瞼のうちに閉ざす。
(自分自身だろう？)
　己をうまく表現できない苛々が渦巻く胸をひと撫でする。己の内から外へ描き出したデザインは、どれだけ歪もうともかけ離れていようとも、自分自身には違いない。
(破り捨てるなんて)
　強張るほどに力が入っていた指先から力を抜き、鉛筆を置く。紙からも手を離す。上手く描き出せるようになる方法は分からないけれど、このままの気持ちで続けては良くないのは分かる。
　スケッチブックを机に広げたまま、椅子から立ち上がる。
　部屋の一角に置いた大きなビーズクッションに身を沈め、手の届く距離にある大画面テレビのリモコンとゲームコントローラーを引き寄せる。こういうときは気分転換のゲームに限る。
　テレビとゲーム機の電源を入れる。起動させるのは、攻略中のアクションRPG。
　視界いっぱいを埋める明るい海と空と、翼を広げて飛び立つ主人公の後ろ姿。流れ出すオープニング場面をスキップし、ゲームをスタートさせる。
　剣と弓と魔法と、時に騎乗竜をも操って現れる敵を大画面の中で次から次に薙ぎ倒し、――
「……あ」
　敵が仕掛けた罠にかかった。立ち上がろうと焦ったところに敵の矢がヒットした。ここそとばかりに雑魚敵が殺到する。振り払えずに動きが鈍る。ダメージアクションでもたつくうちにまた攻撃を受ける。
　焦ってボタンを無暗に連打する。そうするうちに画面が暗転する。現れるのは折れた剣と弓矢。
「もう、何なんだよ！」
　反射的にコントローラーを画面に投げつけようとして、押し留まった。その代わりに床に放り出して立ち上がる。
(……うん、イラついてる)
　その自覚はある。
「あーもう！」
　飛びこむのは、ベッドの上。ふわふわと揺れるベッドで掌を拳にする。足にも力をこめる。子どもが駄々をこねるように全身で暴れてみる。乱れた髪もそのまま、ぺたりと座りこんで枕を両手で掴む。羽根枕の中身も飛び出さんばかりの勢いで何度も何度もベッドに枕を叩き付ける。
「うー……」
　力任せの全力で暴れに暴れて、荒い息が漏れた。華奢な肩とたわわな胸を上下させつつ、疲れた体をベッドに倒す。もうそのまま服を脱いでしまう。
(だらしない)
　そうは思うものの、激しく動いたせいで体が熱を帯びている。
　火照った体を冷たい春風に好きになぶらせて後、気怠い息と共に起き上がる。脱ぎ捨てた服を拾って畳み、サイドテーブルに置き直す。裸身にベビードールを纏い、自分の熱ばかりが残るベッドに伏せる。
(……会いたい)
　苛立ちに疲れた心に思うのは、愛しい彼女のこと。
　彼女が今ここに居てくれたら、
(この苛立ちも全て受け入れてくれるのに)
　そうして優しく抱きしめてくれるのに。
　居ない彼女に甘えたい衝動を胸に抱え、瞼を閉ざす。
(こんな姿、彼女にしか見せられないな)
　そう思えば、ままならない苛立ちにずっと引き結んだままだった唇がほんの僅か、緩んだ。

このページにイラストを設定する

全力全開、うさばらし

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧