全力全開、うさばらし｜リアクション

全力全開、うさばらし

　春風流れるアスファルトを踏みにじる。白い雪柳に挟まれた道も、咲き初めの桜が散らばる空も、今は目には映らない。
(あー、……)
　腹の底から湧き上がる溜息を、奥歯で噛み殺す。
　栗色の瞳に落ちた濃い影を揺らがせもせず、伏せた黒い睫毛を上げもせず、花厳望春はただひたすらに地面を踏みしめて歩く。
(楽しみにしてたのに)
　髪を撫でる柔らかな春風さえ鬱陶しくて、がりがりと頭を掻く。
　せっかく上手に膨らんだのに。バターの香りにわくわくしなから、ふんわりさっくり膨らんだシューに奮発した純生クリーム入りのカスタードクリームをたっぷり詰めたのに。
　がんばって作って、冷やせばなおのこと美味しくなると冷蔵庫に入れて、冷たくなるまで我慢して待っていたシュークリームを、三番目の姉がひとことの断りもなく勝手に食べた。
(ちゃんと夏姉ぇの分まで作ってたってのに)
　一緒に暮らす三人の姉が弟の作ったお菓子を勝手に食べることはもとより承知していて、だからこそ、姉たちが食べる分も別に作っていたのに。
(……あいつどんだけ食い意地はってんだよ)
　それなのにあの姉は余分に作っていた分のみならず、望春の分までぺろりと食べてしまっていた。その上、
(ごめん、の一言もないとか信じられない)
　悪びれもせず、もっと作っておけばよかったのよ、とまで言い放った。三女のあっけらかんとした顔を思い出した途端、望春の眉間にぎゅっと深い皺が寄る。
(今日という今日は許さない)
　苛立ちを口に出さないまでも、早足に大股に、いつもより相当乱暴に地面を蹴って歩く。何処へ向かうともなくただ歩く。
(イライラする)
　苛立ちを発散させる術を見つけられないまま、ただ春風の中を俯いて歩いて歩いて歩く。
　自宅のある旧市街から橋を渡ってシーサイドタウンへ、寝子高を視界の端に入れつつ道を折れてシーサイド駅方面へ。苛立ちに任せてでたらめに歩いて行くうち、
「……ん」
　賑やかな通りを一本外れた路地に営業する若干レトロなゲームセンターを見つけた。
　こんなところに、と首を傾げると同時、望春はむくれた唇を引き結ぶ。鬱憤を晴らす手段も見つけられずにいるのなら、今はせめて遊んで気を紛らわせよう。
　出入り口付近にいつも遊ぶことの多いニャンレボやニャップン等のリズムゲームを楽しむ、見たことのある少年の背を横目に望春が向かうのは別の一角、ガンシューティングゲームの前。
　春物コートのポケットから出した財布に数枚の百円玉を確かめ、ガン型のコントローラーを手に取る。ゾンビがわらわら現れる画面を醒めた瞳で見据えつつコインを投入すれば、ミッションスタート。
　暗い画面の奥からふらふらと迫るゾンビに照準を当て、引き金を落とす。軽い反動が掌に伝わり、画面の向こうのゾンビが血を撒いて倒れる。
　時折両手を上げて物陰から現れる民間人を保護して銃弾や回復アイテムと交換しつつ、先に進む。進めば進むほどゾンビは動きが早くなる。倒すための弾数も増える。
「……チッ」
　ステージの終盤に現れたナイフ使いのゾンビが投げたナイフを撃ち落とすことが出来ずにダメージを喰らい、思わず鋭く舌打ちする。ゾンビの連撃を捌き切れずにもたつくうち、画面は真紅に染まった。
　ゲームオーバーの文字に続き、コンティニューするか否かの選択場面がカウントダウンと共に画面に浮かび上がる。迷うことなく百円玉を再投入し、コンティニューの文字を撃ち抜く。再装填済の武器を携え、もう一度中ボスと対峙する。
　幾度か舌打ちしつつも中ボスを倒し、次ステージに進む。ゾンビに敗北を喫する度、唇を尖らせコンティニューをする度、姉に対する煩い熱にも似た苛立ちは冷えて行った。そうして、
「……あ、」
　気づけば画面には全面クリアの証であるエンディングが流れている。
「いつの間に……」
　コンティニュー数や退治したゾンビ数のリストをぼんやりと眺め、望春は栗色の瞳を瞬かせた。繰り返し操って手になじんだガン型コントローラーを所定の位置に戻し、溜息ひとつ。
(……なんか……)
　遊んでいるうち、腹に重く渦巻いていた苛立ちが綺麗さっぱり軽くなっている。
　財布も軽くなってしまったけれど、と頬を引っ掻く。
　落ち着いてみれば、姉にお菓子を食べられたくらいであんなにイライラしていたことが可笑しかった。
(……アホらし……)
　我ながら子ども過ぎる怒りの理由に、くすりと呆れ笑いが零れて落ちた。
(帰ってもう一度お菓子作ろうかな)
　細身の体をぐーっと伸ばせば、少女にも見紛われる優しい顔立ちにようやく従来の柔らかさが戻った。
(今度は姉さんに食べられてもいいようにもっと多めに作らないとね)

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全力全開、うさばらし

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