３月の★ハッピーバースデー｜リアクション

３月の★ハッピーバースデー

●１４日

　ほうっ、と結城日和は溜息をついた。

　夢のような時間だった。今日はホワイトデー。
　好きな人と過ごせただけで幸せだったから。
　まさか、こんな素敵なプレゼントがもらえるなんて思ってなくて。

　目の前には、お気に入りの宝石箱。もう、何度も開け閉めを繰り返してる。家に帰ってすぐ、なくしちゃいけないってここに仕舞ったけど、また見たくなって、取り出して一人でにやにやしたりして。
　だって信じられない。これは、ほんとに起こったことなの？
　日和は嬉しさにぼうっと霞んだ瞳でまた宝石箱を開けると、中から綺麗なイヤリングを取りだした。

　『ディアナの風』。素敵な名前のイヤリング。日和は１度ははずしたそれを、またゆっくりと鏡を覗きながら自分の耳元に着けてみた。
　手を、離す。鏡の中の日和の耳を、桃色と白色のアネモネの花が彩り、小さな赤のスワロフスキーとパールを等間隔で並べたチェーンの先には、アクアマリンの雫が揺れている。その綺麗な輝きの奥に誰かの顔が重なる。そして自分の耳朶に触れたその人の指の感触を思い出し、日和は頬を赤らめそっと耳を押さえた。

　期待、してしまう。
　私の一方的な片想いだと思ってる。けれど、こんな風に応えてくれたりしたら、本当に嬉しくて。
　「誕生日おめでとう」と、彼は言った。偶然、とかついで、とか色々言っていたけど。
　偶然でもついででもいい。あの冷たく見える青い瞳の奥に、優しい光が見えた気がしたから。私はそれで十分だから。
　冴え冴えとした彼の瞳。その中にある情熱的な蒼い炎。そんな彼の瞳に自分はどう映っているのだろう。次に会う時も素敵な私でいられるように。にっこり笑っていられるように。

　誕生日は、一昨日だった。だからもう私は１７歳。そして、４月には３年生。運命の、年。
　鏡に映る日和の瞳に、暗い陰が落ちた。この年に『結果』を出さなければ、ヴァイオリンを止めなければならないかもしれない。
　ふと日和は鏡の己を見た。なんて陰鬱な、自分の顔。その時キラリとイヤリングが揺れた。混じりけなく輝くアクアマリンが目に入る。
『鬱々してんじゃねぇ』
　彼の声が聞こえた気がした。
「……そうだよね」
　日和の唇に小さく笑みが戻った。

　何を怖がることがあろう。彼に言われたではないか。今の気持ちが、答えだと。
　たぶん『結果』なんか残せなくても……私はずっと音楽を好きでいられる。
　音楽は、消せない。音楽は、常に私とある。
　そして、それに気付かせてくれたのは、あの人。寝子島に来て、本当によかった。

　日和はゆっくりとイヤリングをはずし、包み込むように両手に載せる。そしてそれを静かに宝石箱に仕舞った。

　今年も大好きな音楽と共に。
　今年もあの人の傍であの人の音楽を聞いて生きる。
　それだけで十分幸せなのだから。