賽の目の憂鬱｜リアクション

賽の目の憂鬱

「ねこーねこー」
　四月も近い季節の風に柚瀬玲音の声が乗る。
　天気は快晴、体調は良好、気分は上々、春めく大気には冬にはない花の香りが仄かに混じっている。
「今日のねこーはどこにいるかなー」
　自由気ままに動く猫をウォッチングに玲音はのんびりと探索を継続中。
　あっちへ行ったどっちへ行った、猫たちの縄張りにお邪魔したり、遠くから見守ってみたり。家族の団欒に恋人たちのデート、子供だけの冒険と猫社会も様々なドラマがあってこれが中々に飽きない。
「おおっと、ぽいんてっどさんがはしりまわってるね」
　体の柄からシャムかと思うが、毛色が知っているシャムとは違った色なので俄然興味が湧いた。
「おっかけよー」
　即断即決。予定は未定の猫ウォッチング。気になる猫を発見したら気の済むまでウォッチング。
「ねこー、ぽいんてっどねこー、どこいくのー？
　ボクもつれってよー」
　猫を追って山あり谷あり。
　交差点を抜けたり住宅地を駆けたり、商店街に寄ったり、学校にも突撃したり。猫という動物の行動範囲は決して広くはないが、このポインテッドも新規開拓中なのだろうか、追いかける玲音も次はどこに行くのだろうかと期待する程度には寝子島を歩き回っている。
「って、あれ？　おおっと？」
　猫の後ろを歩くということは、言い換えれば、猫を引きで見ているということで、玲音はその光景を目撃する事になった。
　ポインテッド柄の猫目掛けて空から降ってくるのは、花瓶か、はたまた鉄骨か、
　否、
　――まさかの大量の猫！
「ねこーだ！　ねこーがたくさん！」
　見ればわかる。見ればわかるが、果たしてそれは現実に起ころうことだろうか。
「なんでなんで、なんで落ちてきてるの？」
　どこから降ってきてるのか。空の、どこからその姿を現しているのか、晴天を仰ぎ見て玲音は、「お～」と感嘆の声を漏らした。
　やや高い場所から玲音の頭上を超え、ぴょーんぴょーんと猫が上から下へと飛び降りてくるではないか。その場所が動物にとってはごく有り触れた使い勝手の良い獣道であり、この場所が丁度その通り道にあるのだ。真実彼等は躊躇いなく飛び降りてくる。
　家族猫かそれなりの数の団体様だった為、空から猫が雨のように降ってきた状況を作り出していた。
　上から下に、そしてこの時間に、着地地点に居たのが、ポインテッドの不運であるらしかった。
　ぴょーん、ぴょーん、と跳ねる猫。
「ぽいんてっどさんはつぶされないかな？　だいじょうぶかな？」
　そんな状況に驚いたのか丸まり微動だにしなくなった猫を見守る体勢になった――観察（ウォッチング）だからね。下手に手も出せないしね――玲音は、
　気がつけば、
　ポインテッドの隣りに移動し、寝転び、跳ねて降って落ちてくる猫の雨を堪能し始めていた。
　混ざり込んで溶け込んで、空に向かって両掌を向ける。
「ねこ、ねこー、もっとよってきてよ、ぽいんてっどさんといっしょにあそぼうよー。ねー」
　広げた指の隙間から青を背景にして猫が落ちてきた。
　キャッチ。と受け止め、地面に下ろすと、再び両手を広げる。
　猫の雨は止まない。
　それはもしかしたら何かの力が働いているのかもしれないが、果たして誰が知り得よう。
　一見して危険に見える不可思議な光景は、最後の一匹が飛び降りるまで続けられ、誰の一人も一匹も怪我なく終了を迎えた。
「はー、びっくりだねだね」
　常に無いイベントに楽しかったねと気持ちを共有したく玲音が視線を向けた先には、既にポインテッドの姿は無かった。
　あれだけ雨のように降ってきた猫も影すら無くなっていた。
「にゃーお」と鳴き声が玲音の注意を引いた。
　振り向くと道を挟んだ向こうにポインテッド柄の猫。
　誘われた気がした玲音はすっくと立ち上がった。
　ここは寝子島。
　猫はどこでもたくさんいる。
　それと同じかそれ以上に密やかな冒険譚も息づいている。
　ポインテッド柄の猫の後を追いかけて、玲音の今日が終わった。
「明日もねこーといっぱいいっぱい遊びたいねっ」
　望めば、明日もきっと楽しかろう。

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