不思議な「アート」―芸術とは何か？―｜リアクション

不思議な「アート」―芸術とは何か？―

　桜の名所と呼ばれる場所は各地にあるが、寝子島の中にもそう呼ばれる場所がある。
　ロベルト・エメリヤノフもそこにいた。

　彼の専攻は絵画なのだが、課題以外でも描きたくなる時がある。
　絵を描く者――特に職業絵描きに多いのだが、絵を描く息抜きに別の絵を描きたくなる時があるのだ。
　そういった息抜きの絵を描こうと、桜が綺麗と噂のこの場所にやって来たのである。

「こういう場所が似合うのは例えば……桜にさらわれそうな美少年……実にいいよね……いい……」

　芸術家には変わった指向の者が多いと言うが、そのご多分に漏れず、ロベルトは美少年をこよなく愛する人間だった。
　桜吹雪の中に美少年を幻視すると、創作意欲がむくむくと湧いてくる。
　早速スケッチを開始する。

「桜というと……儚げで人を惹きつけるけど、なんだんかんだ強かなイメージだなぁ……」

　誰に言うでもなく、そんなことを呟きながらスケッチをしていく。

「春だけじゃなくて夏も……夏の美少年……海の中友だちと戯れる姿もいい……」

　この見事な桜の風景を前にしながら、夏へと思いを馳せられるロベルトの想像力は大したものである。
　方向性は少々間違っているかもしれないが。

「よし、四季折々の美少年だ！　まずは春、この景色の中に桜みたいな感じの美少年を――」
「こんにちは、お兄さん」
「ん？」

　美少年に対するパトスが溢れそうになった時、ロベルトにかけられる声があった。
　声の方を見れば、中空に妖精のような存在が浮いている。

「可愛い美少年が僕に話しかけ――！？」
「少年じゃないんだけどね。少女でもないけど。ボクはアートの妖精だよ～」
「アートの妖精……？」

　本当に妖精なのか、とほんの少し訝ったロベルトだったが――。

「君もなかなか可愛いね」

　ぶれない。
　ロベルト、ぶれない。

「ほえ？」
「いや、こっちの話。アートってことは絵に興味があるのかい？」
「うん。お兄さんはさっきの困ったお兄さんっぽい感じもするけど、ちゃんと美味しそうな匂いもするし」

　絵の鑑賞がボクの食事なんだよ、と妖精は告げた。
　なお、困ったお兄さんとはナルキッソスな彼のことである。

「なかなかロマンチックだね。いいよ、食べられるのなら食べてって」

　君にもモデルになって貰おうかなとちゃっかり妖精をスケッチすることも忘れない。
　どうやらアートの妖精は、ロベルト的にOKなラインらしい。

「じゃあ、描こうかな」
「うん、ボクは勝手に食べさせて貰うね」
「いいとも」

　そう言って、１人と１匹は隣り合って静かに座った。

　ロベルトが絵に込めるのは美少年へのラブである。
　その言動から誤解されがちだが、彼のその思い自体は純粋なものではないだろうか。

（まあ、理解されるとも思ってないけどね）

　ほんの少し自嘲の笑みを浮かべつつ、スケッチを続ける。
　まだ見ぬ、彼の理想の美少年を求めて。

（美少年を……真に美しい少年を……）

　思うさま鉛筆を走らせる。
　すると――。

「……え？」

　目の前に、その少年はいた。
　ロベルトの息が止まる。
　「彼」は、とても――とても美しかった。

（なんて子だ……まさに美の体現じゃないか）

　神性すら備えていると思えるその美しさに、ロベルトの心が震える。
　触れることすら躊躇われる。
　この存在は、犯し難い。

　ふいに「彼」が身を翻した。

「待って――！」

　呼び止めても「彼」が振り返ることはなかった。
　そのまま、歩いて行ってしまう。

　追いすがろうと立ち上がりかけてスケッチブックを落とした。
　焦って拾い上げ、あとを追おうとしたが「彼」は幻のように消えてしまった後だった。

「今のは……一体……」
「あれがお兄さんの求めるものなんだね～」
「え？」
「ボクが食事をすると、人間には不思議な体験が起こるみたいなんだ。お兄さんが見たのは、お兄さん自身の中にある心象風景だよ」

　言われてみると、ロベルトは「彼」の細かな容姿を思い出せない。
　あれだけ鮮烈なイメージでありながら、その具体像はぼやけている。
　理想の恋人を手にしたと思ったら、幻だったかのようなそんな悔しさがこみ上げてくる。

「妖精くん。君もなかなか残酷なことをしてくれる」
「そう言われてもね～。何を体験するかはお兄さん次第だったんだし」

　でも、ごめんね、と言いながら、妖精は飛び立っていった。

「……」

　理想の美少年を見た、と思った。
　でもそれは、現実のものではなかった。
　それでも――。

「僕は美少年を追い求め続けるさ」

　ふと、知り合いの子のことを思い出した。
　彼が恋しい。
　知らず、ロベルトの足は彼の家へと向かっていった。

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不思議な「アート」―芸術とは何か？―

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