不思議な「アート」―芸術とは何か？―｜リアクション

不思議な「アート」―芸術とは何か？―

（きょうはいいおてんき）

　小山内海はうららかな春の日差しの中を一人散歩していた。
　柔らかな日の光はまるで暖かいシャワーのようで、小山内の気分は上々だった。
　ぽかぽかとした日和。
　小山内は愛用のスケッチブックを取り出した。
　彼女の専攻は絵画で、こうしてスケッチブックを持ち歩いては、目に留まった風景をスケッチするのはごく普通のことだった。

（ぜっこうの　すけっちびより）

　猫又川沿いをのんびり散策しながら、気になったものを見つけては立ち止まってさらさらとスケッチしていく。
　それは川沿いの桜並木であったり、川を流れる桜の花びらであったり、堤防の土手に生えているつくしであったり。
　春の欠片を、スケッチブックに縫い止めて行く。

（～♪）

　上機嫌にスケッチを重ねる小山内。
　彼女は声を出すことが出来ない。
　しかし、彼女が描き出すスケッチは、声に出すよりも雄弁に彼女の見る「世界」の形を物語っていた。

「お姉さん、こんにちは～」
「？」

　不意に投げかけられた声に、小山内はスケッチブックから顔を上げた。
　見れば、何か小さな生き物がふよふよと眼前を飛んでいる。

（な、なに！？）
「う～ん、お姉さんの絵、とってもいいね！　食べてもいい？　あ、ボクはアートの妖精だよ～」

　動揺する小山内をよそに、その小さな生き物――アートの妖精はそんなことを言い出した。

『これはだいじなえだから　たべちゃだめ』

　小山内は筆談用のスケッチブックにそう書いて、妖精に訴える。

「大丈夫、大丈夫。味あわせて貰うだけで、汚したりしないから。ね、ダメ？」

　上目遣いでそう言う妖精の可愛らしい姿に、小山内の気持ちはぐらついた。

『あじわうだけ？』
「うん。おなかがペコペコなんだよ～」

　自分の絵を味わうことで、この妖精のお腹がふくれるのだろうか。
　まだ状況がよく飲み込めていない小山内だったが、生来の優しい気性が妖精の空腹をなんとかして上げたいと後押しした。

『それならいい』
「ありがと！　いっただっきまーす」

　妖精はスケッチブックに降り立つと、その小さな手のひらで小山内のスケッチに触れた。
　その瞬間――。

（！？）

　小山内は満開の桜並木の中にいた。
　あたたかな風が頬を撫で、舞い散る花びらがゆるゆると川を下り、芽吹いたばかりのつくしが旺盛な生命力を感じさせる。
　むせ返るような桜の香りに包まれながら、小山内は呆然とその光景を見ていた。

（……すごい）

　それは凝縮された春。
　小山内がスケッチに込めた春の美しさそのものだった。

「わー、凄いや。お姉さんの見ている世界はこんなに綺麗なんだね～」

　妖精はそんなことを言った。

『これはなに？』

　小山内は筆談で問うた。

「これはお姉さんがこのスケッチに込めた心象風景。アートを食べさせてくれたお姉さんへの、ボクからのちょっとしたお礼だよ」

　にっこりと笑って妖精はスケッチブックから飛び立った。
　ふと、辺りの光景が元の情景に戻る。

「ありがと、お姉さん。これからも素敵な絵を描いてね」

　そう言うと、妖精はふらふらとどこかへ飛んでいってしまった。

（あれが　わたしの　はる）

　絵画を先行している小山内にとって、今見た光景は忘れられないものだった。

（あのりありてぃを　そのまま　えにできたら）

　小山内の中でむくむくと創作意欲が首をもたげる。
　描きたい。
　湧き上がるその衝動に従って、小山内はスケッチブックに筆を走らせるのだった。

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