見知らぬ世界でコンニチハ｜リアクション

見知らぬ世界でコンニチハ

　　　６

　気が付いたとき、遥斗は花畑のど真ん中にいた。
「目が覚めたか」
　傍にいたのはリリーただ一人。慌てて飛び起きて周囲を見回したが、他に誰もいない。
「どうやら、お前と私だけらしい」
「他のみんなは……？」
「さて。お前たちの世界に残されているか、どこかに飛ばされたか――柘榴と一緒にいるか」
「じゃ――ここは」
　リリーは頷いた。
「私たちの世界だ」
　遥斗は息を飲んだ。
　見渡す限り、色とりどりの花と緑の草ばかり。空は青く澄んでいる。思わず、深呼吸した。心なしか、九夜山よりも空気が美味い。天国とは、このような場所かもしれないと遥斗は思った。
「どうする？　私と共に来るか？」
「――それしかないだろう」
　いかに美しいとはいえ、見知らぬ土地に置いていかれては困るし、柘榴たちに見つかってはもっと困る。
「いいだろう。だが、問題が一つある」
「？」
「お前が男だということだ」
「？」

「リリー！」
　駆け寄ってきた少女がリリーに抱き付いた。リリーよりやや背が高く、ピンクに近い紫の髪を短くしている。
「心配したんだぞ」
「すまない。あれから、どうなった？　アイリス様は？」
　シスル――という名だ――は、かぶりを振った。リリーは絶望とも言えるため息をついた。どうやらアイリスは、行方不明のままらしい。
　リリーと琥珀、そしてアイリスが消えた後、翡翠たちもいったんは退いた。だがその後も小競り合いは続き、仲間の何人かは殺されたという。
　リリーは唇を噛んだ。自分がいれば、少しは、という思いがあったろう。
「ところで、その男は？」
　シスルは、リリーの後ろにいる遥斗を睨んだ。竹刀を取り上げられ、両手を頭の後ろに回している。拘束されないだけましだが、足元には膝丈しかない小人たちがうろうろしていた。迂闊に動くと踏み潰しそうだ。
「実は少々、厄介なことになった。まずは――」
　この小人たちはコロボックルだとリリーが教えてくれた。彼女たちの世界で、植物を育てる作業を主に担っている。彼ら――便宜上そう呼ぶが、性別はない――は戦闘力を持たない。
　リリーたちヴァルキリーとコロボックル、そして草花――これがこの世界に生きる全てだった。
　琥珀たちが現れるまでは。
　彼女たちにすれば、遥斗は琥珀と同じ“タイプ”だ。シスルの疑わしげな目も、当然だった。だから遥斗は、自分の得物を手放し、且つ害意がないことを示すために両手を見えるよう置いた。
　リリーは自分が違う世界に飛ばされたこと、そこには自分たちのような女性だけでなく、男性も大勢いることを話した。
「では、もしかしてアイリス様も？　そこに？」
　シスルの瞳に希望の火が灯る。
「かもしれない――だが見つける前に柘榴が現れ、琥珀と共にこの世界に戻ってきてしまったのだ」
　あっという間にシスルの顔色が変わった。
「俺はあんたたちと敵対するつもりはない。それに仲間が捕まっているかもしれない」
　女性の相手は苦手だが、この際、そんなことは言っていられない。遥斗は乾いた唇を舐め、続けた。
「だから、頼む。俺に協力させてほしい。この世界を破壊から守りたい」
「私からも頼む」
「信じるのか？　この男を？」
「信じる」
　シスルはじっとリリー、そして遥斗の目を見つめた。
　そして、
「……分かった。元より、このままでは勝ち目がない。賭けてみよう」
「シスル！」
　リリーがシスルに抱き付くのを見て、自分も何か表すべきかと考えた遥斗だったが、無論そんなことが出来ようはずもなく、ただ小さく、しかし、はっきりと、
「信じてくれてありがとう」
と言うのだった。