見知らぬ世界でコンニチハ｜リアクション

見知らぬ世界でコンニチハ

　　　８

「何で！？」
　光より先にロベルトの目が真ん丸になった。
「そうだよ！　たっくんが駄目で、何でこいつがいいの！？」
「大将、こいつ知ってる？」
「知らない！」
「だからだよ」
　あっ、と武道と修は、聞こえない程度に声を漏らした。
　ロベルトは、光とも巧とも初対面だ。翡翠の言う「琥珀への影響」は、皆無と考えていい。
　光もそれに気づいたらしく、
「たっくんのこと知らないよ！　みんな知らない！」
と言ってみたが、当然、後の祭りである。
　柘榴が壁に手を当てると、ロベルトの部屋の前が開いた。ロベルトは出ようとして、巧たちを振り返る。自分だけが出ることへの罪悪感がある。
　巧の縋るような目が、助けを求めているのか、光を託すという意味なのかは分からない。
　だがロベルトは、ここを突破口にするつもりだった。
「あ、言っておくけど自由に動けるわけじゃねえぜ？　俺と一緒にいるってのが条件だからな」
「了解」
　ロベルトはにっこりと、人懐こい笑みを見せた。
「僕もただ解放されただけじゃ申し訳ないから提案するけどさ、僕たちを利用してみない？」
「どういう意味だ？」
「そうだなあ」
　本来なら、“琥珀”の教育係として巧や自分たちを活用してみては、と言うつもりだった。だが翡翠の様子では、傍にいることすら、厭うようだ。
　だから、敢えて曖昧な言い方をしてみることにした。
「まあ、そっちのいいように、だね」
　光は頬を膨らませている。この調子では、爆発するのも時間の問題だろうと修は思った。それがいいことか悪いことかは分からないが。
「光」
と修は呼びかけた。「お前、今、何をしているんだ？　それはしなきゃいけないことなのか？」
　機嫌が直ったわけではないだろうが、光はちょっと口を尖らせたまま、答えた。
「俺の役目だから」
「役目って？」
「俺が生まれた理由。この世界を滅ぼす。もしくは俺たちが消える。それが運命だから」
「運命だと……？」
　でも、と光は付け加える。寂しそうに。
「ご飯、食べたいな」
「……？　お腹は空かないだろ？」
「そうだけど、ご飯、食べたい」
「あー分かる、俺も。腹減るのはめんどいけど、あっちの美味かったもん」
　柘榴が無邪気に同意し、肩を竦めた。
「でもそーゆーこと言うと、翡翠が怒るんだよなあ。悪い影響だ、って」
　しかし、これを聞いて喜んだのは美咲紀だった。何としても、光に美味しいご飯を食べさせねばと使命感に燃える。
「光くん」
と、武道が呼びかけた。「光くん、でいいかい？　それとも琥珀？」
　少なくとも柘榴は、呼び方に拘っている様子はない。訊くチャンスは今しかない。
「どっちでもいいよ。俺は俺だもん。光で琥珀だもん」
　そうか、と武道は頷いた。
　光でありたいなら、武道は全力で彼を連れ出すつもりでいた。琥珀でありたいというなら、せめて巧が無事であるように、力を尽くすつもりでいた。
　だが、どちらでもありたい、というなら……。
「そろそろ戻ろうぜ、大将。俺はコイツを」
　柘榴はロベルトを親指で差した。
「――迎えに来ただけで、翡翠もそれは知ってっけど、大将がここにいるのは嫌がると思うし」
「……うん」
　光はガラスの壁にぴったりと手の平を当てた。
「たっくん、待ってて。すぐに出してあげるから。翡翠が終わるまで駄目って言うなら、俺、すぐに全部終わらせるから」
　――全部終わらせる。
　その意味に気付いて、巧は青ざめた。
「光、僕は平気だよ。元々、ごろごろしてるのは得意なんだ。だから――」
　とん、と壁が鳴った。亮の合図だ。これ以上言うな、ということだろう。これは間違いなく、翡翠が危惧するところの「余計なこと」である。
　今は「余計なこと」を言うべきではない、と亮は判断した。
「――だから、無茶はするなよ？」
「うんっ」
　屈託のない、いつもと同じ明るい笑顔で、光は答えた。

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