見知らぬ世界でコンニチハ｜リアクション

見知らぬ世界でコンニチハ

　　　１

「妙だな……」
　猫鳴館の自室で寝転んでいた北里雅樹は、スマホの画面を眺めながら眉を寄せた。
　東門巧や光（ひかる）らと共に九夜山へ行っている椎井莉鳥から、逐一状況を知らせるメールが届いていたのだが、それが途絶えてもう三十分近い。
　一緒になって遊びに夢中で忘れて――なら、いい。
　だが莉鳥は光を叩いたという罪悪感から、彼らの護衛を引き受けた。そして彼女は責任感が強い方だ。
　何かあった、と考えるべきだろう。
「――仕方ない」
　がばと起き上がると、雅樹は上着を引っかけ、外へ出た。
　最大限いい方に考えて、電波の届かない場所にいるか、スマホが壊れたかだろう。前者なら今にも連絡が入るだろうし、後者なら誰かに借りて、同じく電話なりメールなりしてくるはずだ。
　事故が起きたか、襲われたか。騒ぎが起きていないところを見ると、大事にはなっていないようだが、まだ誰も知らないだけという可能性もある。
　雅樹はバス停に向かいながら、かぶりを振った。
　考え過ぎであってほしい。
　それにしても、地図だけ見れば九夜山はすぐそこなのに、ぐるりと遠回りしなければいけないのが、何とも歯痒い。無論、徒歩でも向かうことは可能だが、余計に時間がかかるだろう。
「あれ？　どうしたんすか？」
　学校前でばったりと青木学と会った。やや戸惑いながら、そっちこそ、と雅樹は返した。
「部活っす」
　学は映画研究部なのだ。今日はそのせいで、東門たちと出かけられなかったと学は口を尖らせた。
「じゃ、まだ知らないのか？」
「何を？」
「……もしかしたら杞憂かもしれないが、東門たちに何かあったかもしれない」
「え！？」
「連絡が取れないんだ」
　学は慌ててスマホを取り出した。ちょうどそこにバスがやってきたが、当たり前のように雅樹の後に続く。
「駄目だ……そうだ、【ＰＯＶ】！」
　学のろっこんは、レンズを持った対象者の視界をビデオカメラで撮影できるというものだ。そしてここしばらく、レンズはずっと巧が持っている。
「こっちも駄目だ……遠すぎるのか？」
「だったら、近付けば映るはずだろ？」
「……のはず」
　だが、カメラは一向に映像を映さない。
　逸る気持ちをギリギリと歯噛みするように押さえつけ、二人はバスに揺られた。
　ようやく登山道入り口に辿り着き、ロープウェイに飛び乗った――とたん、雅樹は崩れ落ちた。
「え？　え？　大丈夫っすか！？」
　学はおろおろとして、雅樹の顔を覗き込んだ。血の気が引いている。
「ぐ、具合が！？」
「だ、大丈夫だ……」
　いや、大丈夫ではない。ではないが、そうも言っていられない。
　雅樹は高所恐怖症だ。北海道に行くのも飛行機ではなく、青函トンネルを通っていくほどである。
　莉鳥と一緒に九夜山へ行かなかったのも偏にそのためであるが、この期に及んでそんなことは言っていられない。都合よく忘れることにする。
　ロープウェイさえ終われば、降りてしまえば、何ともないはず！！
　そう思い込むことにした雅樹は、砂掛谷での乗り換えを猛ダッシュで済ませ、どうにかこうにか展望台前に辿り着いた。

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