【星幽塔】第六階層　祈り星と雲海を懸けるタランテラ｜リアクション

【星幽塔】第六階層　祈り星と雲海を懸けるタランテラ

　結城日和は、バイオリンを片手に街角に立っていた。
（聞いて、ほしい。心を穏やかにして、もう１度考えてもらえるように）
　僅かに腕が震える。脳裏をよぎったのは、演奏する彼女へと放たれた矢。また撃たれるかもしれない。その恐怖はあったが、首を振ってバイオリンを奏でる。日和はまぶたを閉じ、そっと演奏を始めた。
　彼女のろっこん『音楽のちから』が効果を出したのか、聞いた人々は穏やかな表情になっていく。それは竜も同じだった。
　一通り演奏が終わると、竜が日和のいる場所近くまでやってくる。突然の事に驚く日和に、竜は静かに問う。
「その音色に、そなたはどんな願いを託す？」
「心を落ち着かせればみえてくるものがあります。だから、もう一度立ち止まって考えて欲しい、と。私は、戦争なんて皆にさせたくありません」
　日和がはっきりとそういうと、竜は「私もだ」と頷いた。
「そなたと私の願いが、叶えられる事を心から願おう。そなたが言うとおりだ」
　竜の言葉を聴き、日和は確かな手ごたえを感じた。

　＊　＊　＊

　２人の冒険者が竜と対峙していた頃。義勇軍のリーダー、ラプターは１人の冒険者と対峙していた。その名は常闇月。
　彼女はラプターが１人でいるところを見つけ、話をしようと近づいたのである。そうしながらも周囲に彼を見張っている人が居ないかそつなく見ていた。
（あの時のドサクサで義勇軍が結成されたわけですが、それにしては早い気が。まるで予め誰かがラプターさんを中心にそういった素養をもった者を集めていた？　それに結木さん、でしたか。彼女を狙った矢はラプターさんのものに近い……）
　背後に混沌を好む冒険者、骨削瓢以外の黒幕が居るのでは？と考えた月は、その辺りを気にしていたのである。
「なんや、お嬢さん。義勇軍志望者か？」
「いいえ。私は、２つの事を貴方に問う為に来たのです」

　　――１つ目は『貴方の矢と矢に使用された毒は誰によって齎されたのか』
　　――２つ目は『あなたの復讐は何故彼女に向けられるか』

　２つの質問に、ラプターは「その事か」と静かに頷く。彼は冷たい表情で、月と目を合わせ、口を開いた。
「まず１つ目。この矢は道化野郎……まぁ、先代のアステリズムを殺す為に僕が作った物や。出身の世界じゃ『復讐の矢』ち言われる処刑道具があってな。それをヒントにした。そして毒も僕が作った物。正しくは……僕が作った毒薬に呪術の光の力を足した物」
　そう言ってラプターは懐から小瓶を取り出す。そこに入った液体は、透明なのになぜか黒い光がちらちらと混じっているように見えた。
「お嬢ちゃんは知らないだろうが、先代の頃から義勇軍の原型みたいなんはあったんよ。その時の頭は死んでしまうし、魔女ん時も行動前に囚われてもうてな」
　故に、魔女を討とうと呼びかけた少年の声はタイミング的に良かった、と彼は苦笑混じりに言う。
「２つ目に関して。これは、僕の個人的なのやからよう言わん。しいて言うなら、あの道化野郎の二の轍踏んどいて目ぇ覚めたなんざ今更過ぎるわ。しばいてくれた冒険者さんには感謝しとぉけど、つめ甘い。ああいうのは……始末せにゃならんわ」
　そこまで言うと、ラプターはおしゃべりがすぎたな、と自嘲めいた笑顔になった。月はその笑顔が悲しげに見えながらもため息をつく。
「お言葉ですが、ラプターさん。貴方の復讐が、貴方への復讐を生み出します。……貴方が先代へと殺意を抱いたように」
　静かに言い切る月。ラプターは黙ってその先を促す。
「この黒い憎悪と復讐の連鎖は、誰かが止めないといけないのです。戦うことになっても私は貴方を止める。ここで連鎖を終わらせる為に、外でもない『貴方自身の為』に」
　月は、願いをこめて言葉を紡ぐ。だが、ラプターはどこか悲しい顔でくすくすと笑った。
「何が可笑しいんですか？」
「いやぁ、月はんは優しいなぁ。イーグレットがこの場にいたら、きっと僕をそう言って止めたやろうな」
　ラプターは一歩近づくと月の頭を撫で……無造作に鳩尾へと一発拳を入れた。月は咄嗟にそれを受け止め、ラプターは悲しげに「手加減しすぎたか」と小さく呟いた。
「お嬢ちゃん、忠告おおきに。でもな……僕自身わかってるんよ。僕自身の為に復讐しとるんも。やから、復讐される覚悟はあるで。ないならようせんわ」
「それでは……！」
　月がなおも食い下がろうとするのを振り払い、ラプターは冷たく言った。
「月はん、人にはどうしてもやらないと気がすまない事もあるんやで」
　そういうとラプターは月に背を向け、その場を立ち去った。

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