「終わり」を教えて！―死とは何か？―｜リアクション

「終わり」を教えて！―死とは何か？―

　ゆゆはお土産にと志波から渡されたおにぎりと佃煮を持って家路についていた。
　幼い頭に零れそうになるほどいろいろなことを考えながら。

（おかあさんとはあえない……でも、おかあさんはずっといっしょ……おもいで……）

　ふと、ゆゆの視界に、ベンチで本を読んでいる一人の青年の姿が映った。
　ゆゆの父も母も読書家で、ゆゆにはわからない難しい本をすらすらと読んでいた。
　それゆえに、ゆゆにとって本というものは、頭のよさの象徴となっていた。

（このおにいさんにならわかるかな？）

「こんにちは」
「……ん？　こんにちは」

　突然、投げかけられた幼い声に、染井湊は一瞬たじろいだ。

「おにいさんはなにしてるの？」
「僕？　僕は本を読んでいるんだよ」

　やっぱり、このお兄さんはご本が読めるんだ、とゆゆは思った。

「おにいさんはものしりはかせ？」
「え？　いや、本を読んでいるからってものしり博士ではな……」

　言いかけた染井だったが、ゆゆの瞳に切実な色が浮かんでるのを見て言い直した。

「いや、ものしり博士だ。なんでも聞いて」
「あのね。ゆゆのおかあさんね、しんじゃったんだって」
「ゆゆちゃんっていうんだね。そう、お母さんが……」
「でもゆゆ、しんじゃうっていうことがどういうことか、よくわかんないの」

　いっぱい説明して貰ったのに、とゆゆは歯がゆそうに言った。

「死ぬ、ってどういう事かを、ゆゆちゃんは知りたいの？」

　と言いつつ、染井は内心焦った。
　自分自身も深く考えたことは無かったからだ。

（この歳の女の子にどう説明してあげるのが一番いいんだ……？　率直に会えない……居なくなる事だと言う？　いや……それはきっと周りが教えてくれている）

　染井はさらに頭を回転させる。

（聞きたいのは何が「死ぬ」という事を定義するのかという純粋な疑問……そういう事を書いた本が今あったらなぁ……ん、本……？）

　染井の脳裏にひらめくものがあった。

「ゆゆちゃん、好きな本はあるかい？」
「シンデレラ！　ねるまえにおかあさんがごほんよんでくれるの！」

　うんうん、と頷き、染井は続ける。

「じゃあもしその本が終わった後、登場したみんなはどうしてると思う？」
「え……？」
「シンデレラや王子さまはどうしてると思う？」
「うーん……」

　ゆゆはちょっとの間考えた後、

「しあわせにくらしてるとおもう」
「うん、正解。多分元気にそうやって過ごしてる。これってね、ゆゆちゃんがこの本が大好きで、みんなをしっかり覚えているからどこかで元気に過ごせているんだ」
「そうなの？」
「うん。でね、もしゆゆちゃんがみんなを忘れてしまったらどうなると思う？　シンデレラや王子様は？」
「……ないないしちゃう？」

　自信なさそうに言ったゆゆの頭を、染井は優しく撫でた。

「そう。そこで物語は終わり、だよね。ゆゆちゃんの記憶からは居なくなる」
「うん」
「つまりね、ゆゆちゃんが覚えていればお母さんにはいつでも会えるんだ。シンデレラや王子様と同じように、ゆゆちゃんはお母さんのこと覚えてるでしょう？」
「うん、おぼえてる」
「でも、もしゆゆちゃんがお母さんを忘れたとき……それが本当のゆゆちゃんの中からお母さんが『死ぬ』っていう事だと思うな」
「ゆゆがわすれると……しんじゃう……」

　本を使った比喩は、ややもすれば大人には分かりづらいように思えるかもしれない。
　しかし、これまで抽象的に語られていたものが、本という具体的なものに置き換えられたことで、ゆゆの中で何か歯車が噛み合うような間食があった。

「どうかな？」
「うん……なんとなく……わかったきがする……」
「そう、よかった。じゃあ、僕はそろそろいくよ。またね」
「ばいばーい」

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