僕を遊びに連れてって！｜リアクション

僕を遊びに連れてって！

　　　２

　期末試験も終わり、三年生の卒業式まで後ちょっと。多くの生徒は、新年度までの短いのんびりとしたこの時間を、謳歌していた。
　だが、椎井莉鳥はどうしてもその気になれないでいた。
　めでたく二年への進級も決まったというのに。
　ウィンドウに映る自分の顔を、莉鳥は苦々しげに見つめた。その顔が、かつて自分を苛めていた人間に被る。
　あれから何日か経った。だが莉鳥の手には、光を叩いたときの感触がまだ残っている。その嫌悪感が、彼女を光や巧から遠ざけていた。
　眉間に寄った皺を中指で擦り、莉鳥はかぶりを振った。新しいシューズも買ったし、家に帰ろう、と思ったとき、背後で声が上がった。
「しい！」
　ウィンドウに、一番会いたくない人間がいた。にこにこと満面の笑みを浮かべ。
「なっ……？」
　唖然として振り返り、咄嗟に叫ぶようにして尋ねた。
「何でここにいるの！？」
「何でって、遊びに行くってメールしたろ？」
　答えたのは一行の一人、北里雅樹だ。他に志波武道と巧、そして光がいた。
　確かにメールは貰った。そして莉鳥は断った。用事があるからと。
「寝子ヶ浜海岸に行くんだけど、椎井ちゃんも行かない？」
　武道があっけらかんとした口調で誘った。
「海岸行くのに、何でキャットロードにいるの？」
「昼飯買ってから行こうかと」
　細かいスケジュールを確認しないのは失敗だった、と莉鳥は後悔した。いや何より、彼らが出かける日に自分も外出したのが失策だが、そうでもなければ雅樹が迎えに来るかもしれない、と考えたのだ。
「私は、用事があるので」
　だから遠慮します、と言いかけたところで雅樹が彼女の手元を指差した。
「買い物、終わったんだろ？」
「――！終わった、けど」
「他に何の用事だ？　具体的に言ってみな？」
「おーい雅樹君、なんかそれはパワハラみたいに見えるぞー」
「幼馴染なんだから、問題なし」
　とっとっとっ。
　軽やかに駆け寄り、光が莉鳥の手を握った。この子を叩いた、その手を。
「しい、行こうよ！」
「……！」
　咄嗟に、莉鳥は手を払った。光はきょとんと見上げてくる。
「……ゴメン。何でもないの。分かった。行くわ」
　これ以上、光を傷つけるわけにはいかない。けれど莉鳥には、その小さな手を握り返すことは出来なかった。

「よおーしっ、光くんっ！　これが海だ！」
「海ーっ！」
「ふっふっふ、泳ぐのはまだ寒いけど、海ってのは泳ぐだけじゃないぜぃ！　砂で山つくったり、貝殻拾ったり、シーグラスもあるかも！」
「すごーいっ！」
「よしっ、まずは競争だ！」
「おーっ！」
　寝子ヶ浜海岸に着くなり、武道と光は靴を脱ぎ、走り出した。波打ち際まで近づき、慌てて離れ、また近づく、ということを何度も繰り返す。きゃっきゃと楽しげな笑い声が、離れた巧と雅樹のところまで聞こえてきた。
「行かないのか？」
　しゃがんで砂を指先で弄っている巧に、雅樹は尋ねた。
「いや～、志波先輩が遊んでくれてるし、僕いらないんじゃないかな、って」
　そういえばこいつは元ひきこもりだったな、と雅樹は思った。外で遊ぶより、家でゲームをしていたいタイプなのだろう。
　巧は砂に適当な絵を描きながら、道路沿いに立つ莉鳥に目を向けた。
「椎井さん、あそこにずっといるつもりですかね？」
「リリーを警戒しているんだろう。気になるか？」
「そりゃあ、まあ」
　巧は砂に視線を落とし、ごにょごにょとした口調で続けた。
「椎井さんが来てくれて光と遊んでくれたら、僕もちょっとは楽できるし、それないせいで、ここんとこちょっと大変だったし、あいつ大きくなってるし……」
「椎井はさ、……あいつ、光を叩いたことを本気で悔やんでるんだ」

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