カメラを持って外に出よう｜リアクション

カメラを持って外に出よう

■久須部紀伸と『　　　　』のニャンスタグニャム
　クリーチャーデザイナーという職業が、この世には存在している。
　イラストレーターのカテゴリにあり、ホラー作家のカテゴリと重なり、そしてどこかねじくれた視点をもつ彼らは、人々が持つ根源的な恐怖心や孤独や、理解されえぬ怒りや憎しみや、言葉にできないぐちゃぐちゃなものによりそっていく。
　バロック。ヘルタースケルター。様々な形容で表わされ、そしていつの世も必要とされた芸術表現である。
　久須部紀伸はそんな仕事を通して、世の中と綺麗に付き合っていた。
　いい意味での『社会の歯車』である。

　さて、そんな紀伸とて無から有を生み出しているわけではない。
　ある映画の宇宙生物が深海生物や胎児をモチーフとしたように、あるホラー神話体系が海洋生物への恐怖を用いたように、ごく身の回りにある物事こそが栄養になっていくものだ。
「ということで、これはさぼりではありませんよ。決して次のモチーフに困ったからではありませんからね……」
　誰にするでもないいいわけを口に出して、彼はカメラをもって外へ出た。

　カメラを持って歩いていると取材をしている気分になる。
　取材をしている以上仕事をしている気分になる。
　仕事から逃げているのではないという気分になれる。
　紀伸がそういうつもりなのかどうかは、彼のおっとりとした表情からは計り知れないが、少なからず彼は資料集めのつもりでカメラを持ち歩いていた。
　たとえばジャングルジムの撤去された公園。芝を刈られすぎてむき出しの土と小石とベンチ、そして骨組みだけ残されたブランコだったもの。公園の死体。
　他にも電灯のきれた小さなトンネル。自転車で通るにも頭をさげなければならないような暗がりと穴。そして脇を通る水路。
　日常的で、そしてどこか退廃的な風景を、彼は好んで撮影していた。
　子供心に得る恐怖心や、不安感や、むなしさや……そんなものが彼のイラストに命を与えるのだ。

　随分沢山とれたと思って写真のログを確認すると、どうやら黒いもやのようなものが映り込んでいる。
　ぞくりと背筋が冷たくなり、耳元で幻聴のごとく聞こえる笑い声。
「その声……まさかひなたさんですか！？」
　これを読んでいる人々は『彼女』の正体にうすうす気づいているだろうが、この際なのでそっとしておこうではないか。
　慌てて他のログを確認するも、あらゆる写真に黒いもやが写り込んでいるのだ。
　あるはずのないジャングルジムにつかまって回る影。
　トンネルの光に一瞬だけ照らし出される影。
　さびたガードレールに腰掛ける影。
　潰れて久しいカフェのテラスでテーブルに腰掛けてしまう影。
「…………」
　途中から完全に被写体気分である。
　紀伸は、心の中で『よし』と呟いた。

　この後、ファインダーにすら映り込んできた黒い影を相手に『いいですよー、素敵ですー』とか言いながら撮影会に興じたことは、彼だけの秘密である。
　……いや、彼と『彼女』だけの。

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