カメラを持って外に出よう｜リアクション

カメラを持って外に出よう

■上下左右のニャンスタグニャム
「うにゃーん！　かーわいいですわーぁ！　ねこちゃんねこちゃん！　ごろーんって、ごろーんって、にゃーわーいーいー！」
　上下左右がうねうねしていた。
　誇張表現では無い。実際にうねうねしていた。日頃のキャラを軽く捨てる勢いでうねっていた。にゃーわーいーいーとか言ってるし。
　自宅の床でスマホ片手にうねうねしていた左右。自分の撮影したネコちゃんの写真にもだえていた次第である。
　こんなに可愛いもの、自分一人で堪能するのはもったいない。
　巨大な看板にプリントして天高く掲げてやろうか。
　夜中に発光しながらくるくる回してみせようか。
　などと考えてテレビを見ると、ニャンスタグニャムのＣＭがやっていた。
　どうやら写真をインターネットに投稿して世界中の人に見せるのだそうな。
「これですわ！」
　思い立ったが吉日。脳を介さずに身体が動ける本能の子である。
　早速アカウントを作ってネコちゃんの写真をアップロード。
　これで発光した看板をくるくるしなくても世界中の人が写真を見ることができるというもの。ほくほくがとまらない。
　しかしネコちゃん写真一枚だけでは物足りない。モーニングプレートと言いながらベーグル一個がぽつんと置かれたようなものだ。カフェオレとハッシュドポテトくらいつけなくてはならぬ。あとできれば目玉焼きとか欲しいし。
「ネコちゃん写真をもう一枚……いえ、ここは別の何かを添えるべきですわ！」
　思い立ったが吉日。
　スマホ一個を片手にコートを羽織り、左右は杖をひっつかんでいってきますわーと外に飛び出していった。

　芸術を志す者の言葉に、『芸術家の目』というものがある。
　天才的なセンスをもつ人間は、そんじょそこらの人々とは異なる目をもっているという。生まれながらにして特別で、奪って喰えば身につくのかと思わせるほどにスペシャルなフィルターである。
　ネット界隈でよく聞く『神絵師の腕を喰う』と同じ概念である。
　左右の目は、どこかそんな特別さといびつさを持っていた。
　技術や知識や経験というものをどこかひっくり返す、不思議な目である。
　そんな彼女の目には、雲は雲にあらず。
「青い空には白い雲がとってもよく似合いますわね。美味しそうですわ」
　そう言いながら撮影をする。
　カメラを上に向けてシャッターを切るのではない。
　飲食店のショーウィンドウに映り込んだ雲を写すのだ。
　お腹がすいてる気持ち。雲が見えたすがすがしさと、青空からの暖かさと、そしてなんか雲すら美味しくみえてくる感情の全てを、四角い枠に収めていく。
　その繰り返しで、左右は次々を雲を写していった。

　『雲と同じ目線』を考えたことはあるか？
　むろん、高度という意味ではない。雲がどこを見ているのか感じて、目を合わせて撮影するのだ。
　……何を言ってるか分からないと思うが、左右にはそれが分かっているようだった。
　ネコちゃんを可愛いと思ったときの雲。島を見下ろす雲。ドキドキな雲。なにか言いたげな雲。
　次々に写しては、雲に語りかけていく。
　やがて被写体は空だけになり、青いキャンパスに生まれた雲の陰影に大声で呼びかけては『そう、そのポーズですわ！　すてきですわ！』などと言いながらカメラのシャッターをきりつづけていく。
　大の大人がやったら通報されかねない奇行だが、左右はそれを日が暮れるまで堪能して『ご協力感謝しますわー！』と手を振りながら駆け足で帰って行った。

　後日、お気に入りの写真と称して大量の『空と雲の写真』が投稿され、初見の人々を困惑させたのは言うまでも無い。

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