【卒業式】春爛漫。寝子島高校の卒業風景｜リアクション

【卒業式】春爛漫。寝子島高校の卒業風景

【旅立ち】

　若い高校生の目の前には、道はいくつも続いているはずです。そのうちのどれを選び取るのか、どれに価値を見い出すのかは、当人次第。
　斉田珠喪がこのところしきりに迷いへ暮れていたのは、つまりそういった悩みでした。
「卒業の季節……か」
　晴天の中へたたずむ慣れ親しんだ校舎を見上げ、周囲を満たし始めた生徒たちの喧噪へ耳を傾けながら、珠喪はこれまでの自身の歩みを振り返ります。

　珠喪は先日、アメリカのとある大手企業とのスポンサー契約を取りつけました。
（これでわらわも、プロゲーマーとして活動することができるの）
　国内外を問わず、多くのゲーム大会で優勝や上位入賞という好成績を修め続けた結果引き寄せることができた、念願の契約でした。
　コンピュータゲームをプロスポーツと捉えて行われるいわゆるｅスポーツは、今や世界規模の文化となりつつあり、昨今ますますの盛り上がりを見せています。高額の賞金がかけられた大会に出場し、頭脳と指先で戦い観客を魅せながら、華麗に優勝をかっさらう……それが一流のプロゲーマーです。
　珠喪は見た目よりもずっと激しく険しいそんな世界へ飛びこんでいくための、第一歩を踏み出したのでした。
（……しかし、じゃ）
　同時に。
　珠喪には、悩みがありました。すなわち、
（わらわは、このまま進んでも良いのじゃろうか……？）
　プロゲーマーとしての道が開けた今になって、いいえ今だからこそ、珠喪は考えずにはいられません。
　本当は、もっと大きな道があるのではないだろうか？　もっと違った、自分にふさわしい別の道だってあるのでは……？
　達観したところのある珠喪もまた、15歳の女の子です。当然のように、その判断を迷いなく下してしまえるほどに経験豊富なわけではありません。
　珠喪は答えを家族や、担任の白沢絢子先生へと求めました。何度も何度も、話し合いは行われました。
　珠喪の心がぴたり、定まるまで。

　そうして彼女が導き出した結論は……海外留学。
（己を更に磨き上げるため、わらわは、海外と言う舞台で闘う）
　珠喪は今日、旅立ちます。日本から、寝子島から、この校舎から飛び出して、より大きく広い舞台で自分を鍛え上げ、成長するために。
　当然にして、寝子島高校で出会った友人たちとは、しばらくの間お別れ。顔を見ることはできなくなるでしょう。それが寂しくもあります。今日この場に足を運んだのは、それが理由だったのかもしれません。
　けれど珠喪は、薄く笑みを浮かべました。
（何。今生の別れではない。わらわという存在が、消えてなくなるわけではない）
　ここで育んだ友情も、この校舎だって、全て捨て去ってしまうわけではありません。休みの日にはここへ戻り、顔を出すことだって考えています。
　少しだけ後ろ髪をひかれながら、校舎に背を向け、珠喪は校門へ向かい歩き始めます。その足で空港へ向かい、午後には飛行機の上。真夜中を過ぎる頃には、新天地へたどり着いているでしょう。
　そう。これはその果てしない道へと続く、新たな第一歩。珠喪の物語の、これが幕開け。
「プロゲーマー、『лиса』として。そしてわらわの、新天地での物語がのう」
　珠喪の旅立ちは桜並木によって彩られ、登校する生徒たちにあえて逆行しながら歩く彼女の、終わらない物語が今、始まったのです。

このページにイラストを設定する