春休ワンデイズ｜リアクション

春休ワンデイズ

■青山絢のなんとなくな春休み
　――未来という言葉には、どうやら前向きな意味があるらしい。
　――過去という言葉には、やはりどうやら後ろ向きな意味があるそうだ。

　絢は人差し指と親指の爪をこすり合わせて形をなんとなく整えるという、暇の極みみたいなことをしながらそんなよしなしごとを考えていた。
　朝。
　ひとりの朝。
　同居人の従姉は朝も早くから出勤するようで、家の中はしんと静まりかえっている。窓の外から伝え聞く小鳥の声ばかりが耳についた。
　ぼーっとしてばかりもいられない。
　絢は身体に染みついた動きと感覚だけでシャワーを浴び、ドライヤーをかけ、歯を磨いてクローゼットから制服を取り出し……たところで。
「今日、春休みだったわ」
　もう通学の必要はないと気づいた。
　けど早起きはいいことよねと、誰にするでもないいいわけをしつつ。

　――若者は未来があるそうだ。それはとてもよいことだと聞く。
　――老人は過去に縛られるそうだ。それはとてもよくないことのようだ。

　ベッドに寝転んでいると考えがまとまる。
　まとまらない時はそのまま眠る時なので、絢的には『もーどっちでもいーや』の気持ちがあったのやもしれないが、ともあれ今朝の絢は頭が動く方だったらしい。
　バイトの予定は、なし。
　友達と遊ぶ予定も、なし。
　そして学校も休みだ。
　これで外が大雨であればつまらない気持ちになっていた所だが、幸いにもよく晴れていた。
　春になっただけのことはある。ベッドに入る日差しは暖かく、このままネコのように丸まっていてもよいとすら思えてくる。
　日常というのはこうでなくては。
　そう思えるほど、良くも悪くも何も無い時間だった。

　――新しいことは良いことで、古いことは悪いことと聞く。
　――人は過去を捨て去り、未来に向かって歩いてゆけと人はいう。

　シーサイドタウンをそぞろ歩く。
　急に場面が飛んでしまったが、日常風景というものは得てしてこうなるものだ。
　特に目的もなく、急にどこかへ行ったりする。それもすぐ近くだったりする。
　ただ普通と違うのは、絢の手にデジタルカメラが握られていたことだった。
　『カメラを持って外に出よう！』とはインスタグニャムのキャッチフレーズだったろうか。
　特に意識したわけではないが、絢はなんとなく外に出て、なんとなくカメラを持ち、なんとなく道ばたの花やヘンな雲や通りがかるネコを撮影していた。
　気に入ればシャッターをきる。
　シャッターをきってみて、絵がきにいらなければ角度やレンズを変えてみる。
　それでも気に入らなければ良い絵が来るまで待ってみる。
　カメラとは画角の魔法であると同時に運命の科学だ。
　レンズで光を整え、立ち位置で画角を押さえ、時間と空間が奇跡的に交わる瞬間を待つ。
　そうしてみて、自分がカメラに没頭していることに気がついた。
「そう、まだ……」

　――古いものは捨てるべきだろうか。後ろ向きだろうか。
　――未来は過去の中にしかないことを、人は忘れてしまっていないか。

　自分の気持ちをやり過ごすように、絢は無心にシャッターをきった。
　父から受け継ぎ、内に眠った才能を、ただ指先だけにこめて。

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