春休ワンデイズ｜リアクション

春休ワンデイズ

■屋敷野梢と春の呼び声
「おー、今年も元気に生きてますねー」
　帽子のつばを指であげ、梢は山道を見上げた。
　羽ばたく蝶が見えるだろうか。
　わずかな風にそよぐ葉が。
　遠い空をゆく雲が。
　それらを横切る蝶の姿が、見えるだろうか。
「モンシロチョウにスジグロシロチョウ……第一陣がみられる季節担ってきましたねー」

　張るの訪れは人によって異なるという。
　ある者は桜の散る様に春を見て、ある者は庭の雑草がにょきにょきするさまをみて春を感じるという。
　そんななかで、梢の春は蝶の飛ぶ様のなかにあった。
　ここは寝子温泉へ続く山道……からちょっと外れた山中の森である。
　日の当たる場所にかがみ、花の蜜を吸う蝶を眺める。
　繭を抜け、羽化したばかりの蝶は花のように美しく、どこか艶めいた羽根をしている。
　けれど蝶の寿命は短いもので、冬を越えた蝶は老いたように羽が乾き、時にはぴりぴりと傷ついていることもある。
「春に入ったばかりだと、越冬個体もいくらか残ってるんですよねー」
　『蝶よ花よ』という言葉があって、大事にされるイメージがある蝶だが、天敵も多い。そして命は恐ろしく短く、身体はもろく崩れやすい。
　気温が一度変わっただけで生命を脅かされる存在なのだ。
「よく頑張りましたねー。おめでとーございます！　これからもみんな頑張って生き延びるんですよー」

　蝶をはじめて意識したのはいったいいつの頃だろうか。
　ふわふわと、綿毛のように飛ぶ黄色い蝶。
　それを捕まえようとして追いかけても、なぜかふわふわといつまでもつかまらない不思議な存在。
　もろくはかない筈なのに、とらえどころの無い美しいなにか。
　梢が蝶に変わるろっこん能力を得たのも、ただの偶然とは思えなかった。
　もしかしたら、似ているのかもしれない。
　あの不思議な存在に。

「と、いうわけで！」
　パチンと手を叩いてどこへともなく独り言をいった。
　ここは目的の寝子温泉。
　露天の岩風呂につかり、背をあずけてぷはあと息を吐く。
「徒歩圏内に温泉がある、しあわせ……行き詰まった時は温泉に限りますよねー」
　ちゃぷんと水面を指で弾いてみる。
　自分に絡みついたいろんなことが、湯に溶けて流れていくように思えた。
「ふう」
　梢ももうじき、進路を真面目に考える時期にきている。
　自分にどんな未来があるのか。
　どんなことができるのか。
　なにになれるのか。
　土を出た芋虫が繭となり蝶となり空へ飛ぶように、自分は今と違う何者かになれるのだろうか。
　なんて。
「ま、なんとかなるでしょー」
　梢は湯のぬくもりに身体を任せたまま、うっとりと目を閉じた。

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