【ホワイトデー】煌燦-KiraKira-ホワイトアイランド｜リアクション

【ホワイトデー】煌燦-KiraKira-ホワイトアイランド

● 寝子ヶ浜海浜公園～宿題の答え

　フィナーレイベントの進行役が、会場にあるライトバルーンをひとりひとつずつ空へ飛ばしてください、とアナウンスしたので、早坂恩は手近にあったバルーンを御薗井Ｅセレッソに渡し、自分はもうひとつ取って、繋いでいる手と反対の手で持った。
　人込みから少し離れてバルーンを手放す。
　ふわり、ゆっくりと空へ上がる白いバルーンに、
「うわぁ！」
　と、セレッソは歓声をあげた。
「ライトバルーン本当にキレイだワ……恩センパイと一緒にこうやって沢山の素敵を見れて本当に嬉しいノ！」
　セレッソは夢心地でため息を吐いた。
　夜闇の中に浮かび上がる幾百幾千もの白い風船たち。なんて幻想的な光景だろう。
「白いのはなんだか天使みたいナノ！」
「天使？」
　可愛らしい比喩ね、と聞き返した恩にセレッソは頷く。
「前に雪で天使を作った事があるノ。雪は溶けちゃったけど、こうやって飛んでゆくのカシラ」
　目を輝かせ空を見上げているセレッソに、恩はやさしく問いかけた。
「セレッソちゃん、バレンタインに渡したテディベアのこと、覚えてる？」

「もちろん！　ティノって名付けて、寝る前にいつもぎゅってするのヨ！」
　名前を付けてもらって大事にしてもらえていることに、恩は胸がきゅっとなった。そう。この感覚は、バレンタインの観覧車の中で――ううん、もっとそれ以前から感じてきたものと同じ痛み。
　あのとき恩は、セレッソに一つ宿題を出したのだ。

　――「特別な人が出来たから、今年は他の人にあげてないのよ。……どういう意味かは、宿題かしら」

「セレッソちゃん、宿題の答えは見つけられたかしら？」
　恩は重ねて尋ねる。
「どうしてセレッソちゃんの胸がきゅっとするのか……その理由を見つけられた？」
　恩のやさしくも真剣な表情に、セレッソは観覧車のときと同じように、ううん、それ以上に胸が苦しくなって、言葉に詰まる。
　恩はセレッソの返事を数秒待って、けれど言葉にならないことを知り、冷たくなったセレッソの頬に手のひらを添えて持ち上げるようにして瞳の中を覗き込む。
「セレッソちゃん、私ね」
　恩はそっと、天使の羽根の舞落ちるが如くソフトな声で、こう告げた。

「あなたの事が大好きなの。特別な大好きなの」

　セレッソの空色の瞳が大きく見開かれる。
　そばかすの浮く鼻筋がピンクに染まる。
「ワ、ワタ、ワタシ……」
　どう答えて良いかわからずセレッソはどもった。
　そんなセレッソを愛おしそうに撫でながら恩は言葉を落す。
「『あなたが好きです』――それがバレンタインのテディベアの宿題の答えよ」
　セレッソは、恩の言葉をごくりと喉を鳴らして呑みこんだ。
　いままで自分は、彼のことをどんなふうに見ていただろう。
「恩センパイとは顔を見るより先に手を繋いで出会って、色々遊びにいったり美味しいものを食べたりして、頼りになって……」
　友達とも少し違うしお姉さんやお兄さんがいたらこんな感じなのカシラ？　って思っていた。
　隣にいて手を繋いでいると安心できる。
　けれど、正面を向いてお話すると時々凄くそわそわしてしまう自分がいて、その感覚に戸惑ってもいた。
「今もこうしてドキドキしていると他の事が考えられなくなって」
「ええ」
　たどたどしく紡がれるセレッソの言葉を、恩は柔らかく掬い上げる。耳朶を打つ声に、セレッソの胸はまたきゅっとなる。そのことが自分にとってどういう意味をもつのか、セレッソにはまだよく分からない。恩の気持ちに答えるには、自分の気持ちは曖昧模糊としていて、ＹＥＳなのかＮＯなのかもわからない。
　答えを探さなきゃいけないだろうと思う。
　自分の中の井戸に下りて行って、底にあるものを見つけなきゃいけないだろうと思う。
　その時間がほしい。
　セレッソは恩の瞳を見つめ返した。
「恩センパイ。ワタシ、ちゃんとこの気持ちと向き合わなきゃ返事をしてはいけない……んだと思うノ」
　恩は、ふっと眼差しをやわらげた。
「ええ。そうして？　あなたの中の、淡くてふわふわとした感情に無理矢理答えを突きつけたい訳じゃない。貴女なりの答えが出るのを、のんびり待つわ。今すぐどうなりたい訳じゃないの。卒業までに答えが聞けたら……なんて、そんな感じ」
　ただ、と恩は続ける。
「伝えずにはいられなかったのよ」
　空を見上げる。
　キラキラのライトバルーンが恋心と同じように天高く舞い上がってゆく。
（……あなたの感情が私と同じでありますように……）
　恩は夜空に願いをかけた。

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