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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
- AAA000000
春色タペストリー
「突然の話だったからびっくりしちゃった」
七夜あおいはベンチに腰を下ろすと、ビニール袋から容器をふたつ取り出した。ひとつを鴻上彰尋に手渡す。
「はい。彰尋くんは大盛りでいいよね？」
発泡スチロール製なのにイメージは丼鉢なのだろうか、容器は濃い黒で塗られていた。手に持ってみると軽いものの、じんわりと暖かい。
「ありがとう」
慌てて彰尋は身を起こした。すでにヘッドフォンは鞄の中だ。
「本当に買ってきてくれるなんて……！」
いいって、とあおいは笑った。
「私も食べたかったから。牛丼」
そしてパカッと蓋を開ける。ゆらゆらと立ち昇る湯気とともに、やわらかく煮た玉ねぎ、醤油と砂糖とみりん、そしてもちろん牛肉の入り交じった甘辛い香りが広がった。
いただきまーす、と割り箸を割った数秒後には、
「おいしー」
と目を細めているあおいがいる。
きっかけは彰尋が作った。日曜日に寝子高で起こった事件が終わってすぐに心配になり、何かなかったかとあおい、そして野々ののこに連絡を取ったのだ。以前、ドクター香川が事件を起こした折はふたりもとも巻き込まれているので、決して筋違いな心配ではなかったと思う。
事情を聞きたいので、できればお昼を一緒にしながら話をしたい――とSNSで言葉をかけただけだったのが、連絡をかわしているうちなぜか話は一転し、いつの間にやら『ののこが最近、デー牛丼を体験した』という妙な話に発展していた。
耳慣れない単語だが、これはののこが、デートのことを『デー牛丼』の略だと信じ込んでいたことから発生したがゆえのねじ曲がった話らしい。どこをどうやればそういう発想が出てくるのか、ののこはある意味天才だと思う。
もとが牛丼だろうが天丼だろうが、略したらそれは『デート』なのだ。つまり異性と出かけたということ。
その報を受けたとき、彰尋は思わず立ち上がってしまっていた。
デートだって！？
そういうことに興味のなさそうだったあおいがこの話題を振ってきたことが驚きだった。ついに火星で水が発見されたとしても、彰尋はここまで驚嘆しなかったのではないか。
ということは、ありえるのか。
あおいが、デートをする。誰かと……？
そう思うだけで彰尋は動揺してしまう。さっきまで聴いていたあの曲みたいに、ドカドカドカと雷神のようなドラムが鳴り渡るのを、胸の内で感じてしまうのだ。
その動揺を表にせぬよう気をつけながら、彰尋はあおいに問いかけていた。このとき、SNS上であくまで会話の流れを大切にして、ごくごく控えめに……であるが、
『あおいさんもデートに興味があるのかな？』
と、彰尋はメッセージを投げかけたのだ。
するとあろうことか。
『うん、あるよ』
あおいがそう返してきたのである。
おお神よ！ 彰尋は緊張で死んでしまいそうになりながら、震える指でさらにこう書いた。
『あおいさんも、デートして、みたいの？』
ここで一分くらい沈黙があったら彰尋は、心労のあまり総白髪になっていたかもしれない。
ところがあおいの返事ときたら、卓球スマッシュ並のクイックリターンであった。
『なら彰尋くん、行こうか？』
なにっ！？
『デー牛丼』
牛丼のほうですか――彰尋は大きな安堵と、ほんの小さな失望を同時に感じていた。
そうしてこの日、この話は実現したのだった。
青空の下で、昼日中（デー）の、牛丼。
略してデー牛丼。もっと略したら、デート……？ まあ、こだわらないでおきたい。
牛肉のやわらかさ、玉ねぎのじんわり食感、ご飯に染みこんだタレの豊かな味わい。これをあおいと味わえるのだ。それだけで今は十分ではないか。
「ずいぶん牛丼食べてないから嬉しい誘いだったよ。でもののこちゃんは来れなくてねー」
彰尋は大きめの一口を飲み込んで、「そうなんだ」と笑うほかない。幸い感情を押し殺すのは得意だ。あおいの前では、ただニコニコしているのである。
でも楽しいのは事実だった。青空の下、公園のベンチであおいと牛丼弁当を楽しみつつ、何気ない日常の情報を交換できるのだから。
「もう春だって感じるね。桃の花が咲き始めたよ」
彰尋が言うと、
「だよね！ 桜花寮の近くでも白とピンクの花が咲いてて……とってもきれいなんだよ～」
あおいが楽しげに返事する。そんな他愛もない話をかわしつつ、彰尋は思う。
もうすぐ二年生になる。来年度は、あおいはののこと同じクラスになれるだろうか。
自分も……同じになれるだろうか。なれたらいいのだが。
あおいとふたりきりで話せて、牛丼とはいえ食事ができて、嬉しい。
それなのになんだかモヤモヤする。やっぱり、やりきれない気分だ。
どうしてだろう。
どうしてだろう……？
七夜あおいはベンチに腰を下ろすと、ビニール袋から容器をふたつ取り出した。ひとつを鴻上彰尋に手渡す。
「はい。彰尋くんは大盛りでいいよね？」
発泡スチロール製なのにイメージは丼鉢なのだろうか、容器は濃い黒で塗られていた。手に持ってみると軽いものの、じんわりと暖かい。
「ありがとう」
慌てて彰尋は身を起こした。すでにヘッドフォンは鞄の中だ。
「本当に買ってきてくれるなんて……！」
いいって、とあおいは笑った。
「私も食べたかったから。牛丼」
そしてパカッと蓋を開ける。ゆらゆらと立ち昇る湯気とともに、やわらかく煮た玉ねぎ、醤油と砂糖とみりん、そしてもちろん牛肉の入り交じった甘辛い香りが広がった。
いただきまーす、と割り箸を割った数秒後には、
「おいしー」
と目を細めているあおいがいる。
きっかけは彰尋が作った。日曜日に寝子高で起こった事件が終わってすぐに心配になり、何かなかったかとあおい、そして野々ののこに連絡を取ったのだ。以前、ドクター香川が事件を起こした折はふたりもとも巻き込まれているので、決して筋違いな心配ではなかったと思う。
事情を聞きたいので、できればお昼を一緒にしながら話をしたい――とSNSで言葉をかけただけだったのが、連絡をかわしているうちなぜか話は一転し、いつの間にやら『ののこが最近、デー牛丼を体験した』という妙な話に発展していた。
耳慣れない単語だが、これはののこが、デートのことを『デー牛丼』の略だと信じ込んでいたことから発生したがゆえのねじ曲がった話らしい。どこをどうやればそういう発想が出てくるのか、ののこはある意味天才だと思う。
もとが牛丼だろうが天丼だろうが、略したらそれは『デート』なのだ。つまり異性と出かけたということ。
その報を受けたとき、彰尋は思わず立ち上がってしまっていた。
デートだって！？
そういうことに興味のなさそうだったあおいがこの話題を振ってきたことが驚きだった。ついに火星で水が発見されたとしても、彰尋はここまで驚嘆しなかったのではないか。
ということは、ありえるのか。
あおいが、デートをする。誰かと……？
そう思うだけで彰尋は動揺してしまう。さっきまで聴いていたあの曲みたいに、ドカドカドカと雷神のようなドラムが鳴り渡るのを、胸の内で感じてしまうのだ。
その動揺を表にせぬよう気をつけながら、彰尋はあおいに問いかけていた。このとき、SNS上であくまで会話の流れを大切にして、ごくごく控えめに……であるが、
『あおいさんもデートに興味があるのかな？』
と、彰尋はメッセージを投げかけたのだ。
するとあろうことか。
『うん、あるよ』
あおいがそう返してきたのである。
おお神よ！ 彰尋は緊張で死んでしまいそうになりながら、震える指でさらにこう書いた。
『あおいさんも、デートして、みたいの？』
ここで一分くらい沈黙があったら彰尋は、心労のあまり総白髪になっていたかもしれない。
ところがあおいの返事ときたら、卓球スマッシュ並のクイックリターンであった。
『なら彰尋くん、行こうか？』
なにっ！？
『デー牛丼』
牛丼のほうですか――彰尋は大きな安堵と、ほんの小さな失望を同時に感じていた。
そうしてこの日、この話は実現したのだった。
青空の下で、昼日中（デー）の、牛丼。
略してデー牛丼。もっと略したら、デート……？ まあ、こだわらないでおきたい。
牛肉のやわらかさ、玉ねぎのじんわり食感、ご飯に染みこんだタレの豊かな味わい。これをあおいと味わえるのだ。それだけで今は十分ではないか。
「ずいぶん牛丼食べてないから嬉しい誘いだったよ。でもののこちゃんは来れなくてねー」
彰尋は大きめの一口を飲み込んで、「そうなんだ」と笑うほかない。幸い感情を押し殺すのは得意だ。あおいの前では、ただニコニコしているのである。
でも楽しいのは事実だった。青空の下、公園のベンチであおいと牛丼弁当を楽しみつつ、何気ない日常の情報を交換できるのだから。
「もう春だって感じるね。桃の花が咲き始めたよ」
彰尋が言うと、
「だよね！ 桜花寮の近くでも白とピンクの花が咲いてて……とってもきれいなんだよ～」
あおいが楽しげに返事する。そんな他愛もない話をかわしつつ、彰尋は思う。
もうすぐ二年生になる。来年度は、あおいはののこと同じクラスになれるだろうか。
自分も……同じになれるだろうか。なれたらいいのだが。
あおいとふたりきりで話せて、牛丼とはいえ食事ができて、嬉しい。
それなのになんだかモヤモヤする。やっぱり、やりきれない気分だ。
どうしてだろう。
どうしてだろう……？
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2017年02月27日
- 参加申し込みの期限
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- 2017年03月06日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2017年03月06日 11時00分
