本格的な春に向け、出逢いと別れのつづれおり。
恋の予感のつづれおり。
かなしみも、少し。
うららかで暖かな、昼下がりの教室です。
午後の短い休み時間、前後逆にした椅子に腰掛け、両ひじを背もたれに預けつつ、
野々 ののこはイチゴ大福のように、「のへー」を体現した顔をしております。
「もうすぐ一年生も終わりなんだねえ」
「うん」
ののこの親友
七夜 あおいはその正面に座って、ニコニコしながらののこを見ていました。
「この1年間、いろいろあったねえ」
「うん」
「なんかいろいろあったけど……終わってみれば『喉元過ぎれば何とやら』って感じ……かな?」
「うん」
もにもにと両の頬を手で上げて下ろしてしながら、ののこは続けます。
「まー、やっぱ、フツウが一番って思うよ。これ、ホントに」
「うん!」
あおいとて、イイカゲンに聞いているわけではないのです。あおいはこうしてくつろいで、ののこの話を聴いているのが好きで、心地良くて、だからただただ、心からの笑顔になっているのでした。
「でさー、『デー牛丼』……じゃなくて(※)、デートだけど……」
「ええっ!?」
ガタッ、これまでほほえみ一辺倒だったあおいが、色をなして腰を浮かせます。
「また誘われたとか!? 今度はどこへ行くの!?」
「いやそういうわけじゃ……っていうか、なぜにあおいちゃんてばそんなにこの話題に食いつくの?」
しばしまばたきを繰り返してのち、「でさあ」とののこは落ち着きを取り戻して言いました。
「今度はあおいちゃん、行かない? デー牛……じゃなくてデート、私と」
つぎはカレーライスが食べたーい、などとののこは歯を見せて笑うのです。
それを聞くや、あおいは席にぺたんと戻り、
「ふー……」
と深い溜息をついたのでした。
※なぜかののこは、デートを『お昼(
データイム)に
牛丼を食べること』の略だと思っていたのだそうです。
◆◆◆
寝子島と本土をつなぐ大橋のそば、寝子島駅のあたりです。
島の外から入ってくる列車があります。
島の外へ、出て行く列車も。
いずれが立てる音もどことなく、春の温(ぬく)い空気に溶け込むように聞こえます。
ぽかぽか陽気のお昼ごろ、このあたりを少年ふたりが散歩していました。
ひとりは先輩、ひとりはその後輩です。
彼らにしては珍しく、ふたりともなんとなく黙りこくっていましたが、やがて、
「せんぱーい」
沈黙に飽いたように、
鷹取 洋二が口を開きました。
「本当にもうすぐ、卒業しちゃうんですか……?」
「なんだ薮から棒に」
と、前寝子島高校生徒会長
海原 茂は眼鏡の位置を直しました。
「そりゃあ卒業するだろう。3月だからな」
「先輩……僕を置いて行ってしまうんですね!?」
ハンカチが手元にあったら、キイー、と噛みそうな洋二なのでした。
「おかしな言い方をするな……まあ、鷹取らしいが」
ふ、と茂は口元を緩めました。コツコツ秀才型の自分と芸術科肌の鷹取洋二、これほど性格が違うのに、なんともウマが合うのはなぜなのか――そんなことを思いながら。
「先輩、そこで提案です」
「何だ?」
「せっかくなんで留年してみません?」
おいっ、と手をチョップの形にして茂は言います。
「無茶を言うな」
「きっと寝子高初ですよ。生徒会長経験者で留年するのって」
「そんな初記録はいらん。だいたい、俺は木天蓼大学へ進むことが決まってるだろうが」
「先輩が進学しちゃうと、遠くなってしまうじゃないですかあ」
バカだなあ、というように茂は苦笑しました。
「だからといって寝子島から出て行くわけじゃないだろう。そう遠くはならない」
「でも、気持ちの上では遠くなってしまう気がするんですよう……」
それにしても、と茂は言い聞かせるように告げるのです。
「さっきから妙に辛気くさいことばかり言うじゃないか。鷹取はいつものように鷹取らしく、『先輩、駅周辺の道端ににえっちぃ本は落ちてませんよ?』とでも言っていればいいんだ」
「やだなあ、僕そんなこと言いませんよー」
はっはは、と洋二は笑いました。
「ま、言いそうですけどね」
けれどもその表情は、どこか寂しげなのでした。
そんな洋二の背後遠くでまたひとつ、本土からの列車が島に入ってきます。
列車の窓際には狐のような目つきをした少女が、両手をスカジャンのポケットに突っ込んだまま立っています。
◆◆◆
シーサイドタウンのショッピングモール内。
ここは女性向け下着の専門店、白と桃色とレース飾りの世界です。ちょっと男性には近寄りづらい空間ですね。
人目を避けるようにここに、女性がひとり、入ってきました。彼女は縮こまるように背を丸め、左右をしきりと見やりながら進んでいます。
ところが彼女は、自身の意図とは逆に目立っている様子でした。
まあ、堂々としていても目立ったでしょう。
なぜならその女性は、190センチ近い長身で、とても美しいプラチナブロンドの髪をしていたからです。……野暮ったいひっつめ髪にしていましたけれど。1960年代みたいな、縁の太いセルの眼鏡をかけています。
「何かお探しですか?」
急に声をかけられ、
ナターシャ・カンディンスキーはすくみ上がりました。
右下から声がしたのです。
んふふふふ……という妙に湿り気のある含み笑いも。
ショップ店員のようです。長い髪を丁寧に束ねています。ワンタック入りの黒いスキニーパンツと白いシャツ、ネイビーのニットベストはショップの制服でしょうか。
胸についたワッペンには、『
胡乱路 秘子』と書かれていました。
なお、『秘子』の後にはフリーハンドで、桃色のハートマークも描かれています。
春はつづれおり。
出逢いと別れの、
恋の予感の、
かなしみも、少し。
ここまで読んで下さりありがとうございました。マスターの桂木京介です。
シナリオ概要
まるでつづれ織り(タペストリー)のように、折り重なった運命の横糸が、カラフルな絵を描き出していく趣の日常系シナリオにしたいと思います。
テーマは『出逢い』『別れ』、もしくは『恋の予感』あるいは『悲しみ(哀しみ)』というのはいかがでしょう。何万分の一かの偶然で誰かと出逢う、悲しい必然で誰かと別れる……そんな話ができそうですね。
といってもこれは大まかなテーマであって、決してとらわれる必要はありません。友情(オープニングで描いた茂と洋二はそんな雰囲気ですね)とかドタバタとか、春風のいたずら的なハプニング、親孝行でもグルメでも、すでにラブラブなふたりがさらにラブを深める話でも、自由に書いていただいて結構です。
描写する場面について
3月中旬、ホワイトデー当日以外の一日から、一場面を切り取って描写します。
平日でも休日でも大丈夫です。時間帯も、特に指定はありません。
※ホワイトデーのアクションは、ホワイトデー当日のシナリオへの投稿をお願い申し上げます。
NPCについて
基本、制限なしとします。ですが相手あってのことなので、必ず希望のNPCに会えるとは限りませんのでご了承下さい(登場させる努力はします)。桂木がよく用いるキャラは後述の未登録NPC以外は高確率で登場します。
以下のキャラであれば、指定すれば100%遭遇できます。
●海原 茂と鷹取 洋二
良く晴れたある休日、埠頭のあたりを散歩しています。二人一緒でも、別々でも大丈夫です。
●胡乱路 秘子
なぜか女性用下着ショップで店員のアルバイトをしています。男性には入りづらい場所ですが、男性のご来店も歓迎してくれます。
●ナターシャ・カンディンスキー(未登録NPC)
拙作『FEAR THE FORCE』シリーズに出てきたNPC、フルネームは本作で初公開です。素顔で登場しているせいか、『FEAR~』のときとは明らかにキャラが違って内気で臆病です。もちろん闘ったりしません。(逃げようとしてとっさに投げ技を繰り出してきたりするかもしれませんが!)
●五十嵐 尚輝
彼にしては珍しく、シーサイドタウンはキャットロードの辺りを夕暮れにとぼとぼ歩いています(いつもの白衣で)。なぜだか元気がなさそうです。
以下のキャラは、どうやっても登場しません。(ともに未登録NPC)
●アルチュール・ダンボー、ドクター香川
※NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(親しい友達、ライバル同士、等。参考シナリオがある場合ページ数まで案内して頂けると大変助かります)を書いておいていただけないでしょうか。
また、必ずご希望通りの展開になるとは限りません。すいません。
それでは、あなたのご参加を楽しみにお待ちしております。
桂木京介でした!