春色タペストリー｜リアクション

春色タペストリー

「ユウくんは期末テストどうだった？」
　リュックをかついだ鬼河内萌は、並んで歩く野菜原ユウに問いかけた。中身がパンパンに詰まったリュックをかついでいる萌と対称的に、ユウのほうはいたって軽装、というか手ぶらだ。
「テスト？」
　ユウは、まるで興味なさそうに欠伸した。
「んな昔のことは忘れた」
「いやいやいやそんな前じゃないよっ。リメンバーリメンバー☆」
　血液型占いの話を真剣にされているとでもいうかのように、ユウはぼんやりと頭をかいて、
「……まあ、いつも通りじゃね？　そうだったよな？」
「ボクに訊いてどうするのさ！」
　うーん、とユウは腕組みをする。どうやらトボけているのではなく、本当に覚えていないらしい。
「苦手な数学は……いつも通り悪かったと思う。あとは可もなく不可もなく……かな。細けー点数はマジさっぱり覚えてねーや。ま、最悪の結果であったとしても、補習に行きゃOKだろ。それで良くね？」
「お気楽だなあ……」
「テストの結果なんて正直、どーでもいいじゃん？　ま、補習の呼び出しがくりゃ、『げー』くらいは思うだろうけどさ」
「そうかもね」
　ふふっと萌は笑った。
「たしかに、それくらいがユウくんらしいよね☆」
「だろ？」
　萌は黙っておくことにした。自分が不得意教科の数学で、29点を取ってしまったということを。つまり赤点、補習決定なのである。補習でもユウが一緒なら嬉しいのだけれど……それはまだわからないようだ。
　さて山の中腹、公園のあたりに来たものの、
「はわっ！」
　どさっとリュックを下ろし、萌は立ち尽くしていた。
　桜は寒々しい裸の姿だ。蕾はおろか、芽吹きすら怪しい。
「リ、リベンジならず……っ！」
　おお、滝涙！　萌の両眼を、滂沱と涙が流れた。
「桜全然咲いてねーな」
　ユウは大してショックを受けていないようでカカカと笑っている。
　くるりと萌は彼を振り返り、
「ボク、ユウくんと一緒に花見リベンジしたかったんだよ！　ボ、ボクたちの花見は始まったばかりだ……ッ。桜坂、未完！」
　とキラキラの目で告げた。このとき彼女が勢いよく回転しすぎたことプラス春風のいたずらのせいでスカートがまくれあがり、安定の縞パンツがバッチリあらわになったりしたわけだが、ユウは萌の表情の凄絶さに目を奪われていたので、ラッキースケベポイント獲得とはならなかったことをここに記しておきたい。
「気にすンなよ」
　と、またユウは笑う。
「花見なら桜じゃなくてもいいじゃん？　ほらあっち、桃の花がキレーだろ？」
　彼の指さした方角には、桃の木が淡いピンクの豊かな花をつけているではないか。
「俺は桃の花も好きだけどねえ。ていうか桃のほうが好きかも。ほら、奥ゆかしいってゆーか」
　するとみるみる、萌の涙は乾き春の笑顔が戻ってきたのである。
「桃いいよねっ☆　劉備関羽張飛が義兄弟になるのも桃の花の下だしっ！」
「リュービ？　なんだそら？」
「知らないの！？　生まれた日は違えども……いや、とにかくこれなら大丈夫！」
　リュックを担ぎ直すと、すごい勢いで萌は桃の花に向かって駆け出す。
「お弁当は萌特製カレーライスだよっ☆」
　この日のカレーのスパイス配合具合を、萌は内心密かに『桃園の誓いブレンド』と名づけていた。