春色タペストリー｜リアクション

春色タペストリー

　武装開始！
　ジャージにエプロン！　腰帯はしっかり結んで。
　作業用手袋！　厚手のものを念のため二重で。
　タオル！　首に巻けば日焼け防止であったか、まーきまき。
　そしてマスク！　大きめのものがモアベター。
「ふ・ふ・ふ……」
　マスクの下から、椿美咲紀はくぐもった笑い声をエコーさせた。
「これ、他の人には見せられない怪しい姿ですよね」
　全身鏡の前に立つと深淵から見つめ返してくるザ・不審者みたいな自分に、また笑いがこみ上げてくる。
　というわけで！　武装完了！
　そんなアーマード美咲紀が挑むのは、庭先のお花のお手入れオブ休日なのである。
　寒い時期が続いたため、庭仕事がついサボりがちになっていた今日この頃、春がやってきたこのチャンスに、これまでの分を一気に挽回するという計画であった。
　聖剣のようにスコップを手にして、美咲紀は庭に乗り出した。
　マスクの下に笑みがひろがった。庭の花は定番のチューリップとフリージア、クロッカスも良い具合になっている。絵の具で塗ったようないい色だ。
「ヒヤシンスも綺麗に咲いてくれました－。ガーベラも花色多くて使いやすいですね」
　うんうん、と美咲紀は、立派に育った我が子を見るような目つきである。少し前から咲いているアネモネや水仙の色、香りにも癒されるのだ。
　しゃがみこんで作業をはじめる。
　ふわっとした土の匂いにも春を感じた。やわらかな陽差しにほっこりする。
　しかし油断はできないのだ。いるいる、なんだか春の虫が。棘のある植物もあるし、小さな怪我や雑菌の進入防止のためには、フル武装がものをいうだろう。
「春先は花色豊富な花達が多いので構成に悩むのです」
　言いながらザクザク、花がらをとったり、暖かさに元気が出てきた雑草を抜いたりして、美咲紀は楽しい労働に精を出すのだ。
　単純作業ばかりではない。
「やることは沢山あるのです」
　花を咲かせるのは植物にも体力が必要なので、効果がゆっくりでる肥料を追加で、花壇の端っこに撒いてみた。撒きどころが難しい。やりすぎは禁物。かといって、少なくては意味がない。技量と知識が必要な仕事だ。これも花のため、ひいては、環境をよくするという意味で世のため人のため、そんな労力なら惜しまない。
　一通りやりきって、「ふー」と立ち上がると美咲紀は額の汗をタオルでぬぐった。
　ああ、春だ。本当にもう、春なのだ。
　とんとん、と腰を叩くと、つづけて美咲紀は畑にとりかかった。
　もちろん追肥や雑草処理もする。そうしてお待ちかね、収穫の時間だ。
「ブロッコリーはそろそろ終わりですねー」
　青々と良く育ち、食卓に潤いとビタミン、食物繊維をとどけてくれた自家製ブロッコリーとは、これでしばしの別れとなろう。けれども別れを惜しむ間はない。
「今度はスナップエンドウの季節なのです」
　膨らみつつあるエンドウのさやを手に乗せてみる。育ちは上々だ。

　作業を続けながら、ふと美咲紀は空を見上げた。
　正しくは空と、頭上にかかる桜の枝を。
　もうすぐ学校の桜が花開くですね――。
　あとは開花を待つだけだろう。桜と言えば、お花見だ。あの人もこの人もみんな呼んで、桜の下でお花見がしたい。
　そして桜は、新しい年度の訪れを告げるものでもある。
　四月から二年生、ですか。
　ちょっとまだ実感がわかない。美咲紀としてはもう一度、今のままのメンバーで一年生をやりたい気持ちがしないでもなかった。
　でも、と考え直す。
　そうすると新入生たちが入ってこれないではないか。美咲紀にとって寝子高で、初の後輩となる子らが。だから進級という事実を受け入れよう。
　ちょっと前まで中学生だった子たちだ。やっぱり可愛らしい姿を期待してしまう。
　新聞部にしても射撃部にしても、新入部員を迎えなくてはなのです。
　勧誘、がんばろう。賑やかな部にしよう。
　ふわっと春風が吹いた。
　マスクがはたはたと揺れたので、美咲紀はこれを取って立ち上がった。

　それにしても色々な出来事がありました。
　この春からもまた楽しい出来事が色々と起きそうな予感がしますですね――。
　不安と期待が入り交じった気持ちだ。でも行く手には、希望があると信じたい。
　きっと今度の入学式にも何か起きそうな予感がする。
　ふふっ、と美咲紀は笑っていた。
「楽しい日々が過ごせそうです。ワクワクしてきました！」

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