カット酢漬けイカ、チョコレートバット、猫の絵のフーセンガム……その後も色々と買いました。来たからにはしっかりと楽しんでいる猫村翡翠です。全部あたりくじつきなのですが、順当に外れているのが悔しいところ。
「うーん、これだけ買ったら一つくらい当たってもいいんだけどな」
　言いながら何の気なしにチョコレートボールの小箱も買ってみました。これは帰路に食べるとしましょう。
　そうして一巡りすると彼女は、意を決して店番のゆづきに話しかけました。
「あなたがここの看板娘ね？」
　面食らう相手に笑顔を見せて、
「あたしは、駄菓子屋ねこやに居候している猫村翡翠。よろしくね」
　丁重に挨拶して話しかけます。
　やはり同業者、話題は尽きません。話し込んでしまいました。店の歴史、普段の混み具合（今日はやはり異常なくらい混んでいるそうです！）、売れ筋の商品に客層、逆に不人気の商品などなど……。
「あたしの店、じゃなくて叔母さんの店『ねこや』は売りが欠点でもあるんだ」
　力なく翡翠は言いました。
「『ねこや』の常連は人だけじゃないから、アレルギーとか喘息の子は来れないしさ」
　ふう、と溜息、こんな愚痴を言えるのも同業者ならではでしょう。彼女は彼女で悩みを話してくれました。ゆづきとは仲良くなれそうです。
「今度はうちの店にも寄ってよ」
　と言って翡翠は手を振りました。
「おばあさんに、昔カワセミって男の子がお世話になった、って言っておいて」
　こんな謎めいたメッセージを残して。
　……この日、最後に何気なく買ったチョコレートボールが、実は大当たり中の大当たり『金の天使』マーク入りだったと翡翠が知るのは、もう少し後の話になります。

　さて花厳望春は翡翠と別れて、近くにいた少女に何気なく話しかけていました。
「おすすめのお菓子とかってある？」
　いきなり質問するのって失礼かな――とも思ったのですが、せっかくの機会です。同じ寝子高生でもあるし、仲良くなっておきたいという気持ちが勝ちました。
　そんな望春の声に、
「にょん？」
　と振り向いたのは天馬ひびきでした。
「おすすめ？　お菓子もだけど、ひびきのおすすめはくじ引き！」
　きょうだいと遊ぶひな鳥のように笑ってひびきはこたえます。話しかけて正解だったようです。
「くじ引き、って壁のあれかな？」
　名前は『開運！　ねこねこくじ引き』、一等賞は『ねこねこぬいぐるみ』だということでした。見本の写真を見るともっさりしたデザインですが、抱き心地はよさそうです。
「そう、あの三角クジ！　可愛い猫グッズのクジを引くの。一等のぬいぐるみがほしいけど……」
「じゃあやってみるよ」
　ぬいぐるみが出たらあげるから、と請け負って望春は料金を払い、三角クジの箱に手を入れました。
　なんとなくですが、望春は一等を引き当てる気がしました。
　獲得した大きなぬいぐるみを、はい、とひびきに手渡す光景も想像できました。
　いい予感です。
　さあ……勝負！
　望春の引いた袋には『六等』と書いた紙が入っていました。要するに、外れです。
「にゃん！　ひびきもやってみるね。ぬいぐるみぬいぐるみ……」
　つづいてひびきも挑戦しましたが、当たったのは五等、猫ペンです。
「このペン、いっぱいあるから一本あげるっ！」
　結局、望春のほうがひびきから何かもらう格好になったのでした。
「うーん……このくじ引き、全部大人買いしちゃうという手もあるなあ」
「だめだめ、当てるのがいいのよ」
　ひびきはニコニコ笑います。こだわってはいけない――そう考え直して望春は訊きました。
「そういえば、このお店って、奥の座敷でホットケーキやお好み焼きも食べられるって聞いたことがあるけど本当かな？」
「うん！　座敷には鉄板とコンロがあって、具材を買って自分で焼けるんだよ」
「じゃあ一緒に食べない？　一人で食べるのってなんか寂しいし」
　誰にでもフレンドリーなひびきです。二つ返事だったのは言うまでもありません。

　ひびきたちと入れ替わるように、逆巻天野と鷹取洋二がクジの前にやってきました。
「ええと、いいんですよね？　おごりで」
「もちろん！　さっきのカードのお礼だから、正直、十回引いてくれてもいいよ！」
　洋二はとろけそうな表情です。彼がこんなになっているのにはちゃんと理由がありました。
　ほんの少し前、
「どうです？　ヒーローチップス、でしたっけ？　カード集まりましたか？」
　と天野が彼に声をかけたことが発端です。
「前に駄菓子屋に来たときになんとなく買ったんですが、先輩がこのカードを集めていると聞いてとっておいたんです」
　こんなカードですけど、と言って天野が差し出したのは、一人のキャラクターが描かれた銀ラメ入りのカードでした。
　しかしそのキャラクターというのが、チョビヒゲを生やしたガリガリ体型の珍妙なオジサンだったりします。ファンタジー世界の住人のようですが、頭はおかっぱだしなんだかナヨナヨしています。『ヒーローチップス』のパッケージの絵のキャラクターたちはもっと格好いいし強そうですから、これはもしかしたらハズレの部類に入るのではありますまいか。
「変なキャラだけどキラキラした感じなんで、もしかしたらレアなのかなって……集めてるわけじゃないから良かったらあげますよ。先輩が持ってないカードだったら嬉しいですが」
　するとどうでしょう、洋二はいきなり、天野の手をぎゅっと握りしめたではありませんか。両手で。
「持ってないもなにも、僕はこれをずっと探してたんだ！」
　洋二は興奮のあまり顔が赤くなっています。目なんかウルウルと潤んでいる始末。
「本当にくれるの？　これはレア中のレアカードなんだよ。ヒーローチップスって世間の人気はいまひとつだから金銭的価値はたいしたことないけど、僕みたいに隠れファンってけっこういるんだよね。いつかヒーローチップスにガーッとブームが来て、すごいプレミアがつくかもしれないよ？　正直、喉から手が出るほどほしいけど、もらっていいものかという気持ちもある……」
　いつも眠そうな目で「はっはっは」と笑っている人とは思えないほど真剣な口調であり表情でした。やろうと思えば洋二にもできるのですね、こういう表情。
「いや、僕はあまり興味ないので……。プレミアつくまで置いておくなんて芸当できそうもないから、手元にあってもなくしちゃいそうだし……」
　おお、と声を洩らすと、洋二はほとんどひざまずきそうな勢いで言いました。
「なんともったいない……そして、ありがたい……。『オシャレ魔神ジャンポール』、このカードほしさにどれだけチップスを買ったことか……」
　小躍りするようにしてカードを受け取ると、せめて代償になにかおごらせてほしい、と洋二は言いました。
　そこで天野は少し考えて、
「実は、くじ引きの存在が気になってるんです」
　とこたえたのです。以上、ここまでの経緯でした。
「……で、このクジだけど、ひもクジって言って紐を引っ張った先に景品がついてるクジと、一般的な三角クジがあるよ。三角クジの一等はぬいぐるみだね、紐クジは千円分の商品券」
「どちらでもいいけど、紐を引っ張るほうが面白そうですね」
　目の前のひもクジには、沢山の景品が吊されています。引っ張る紐も手元にたくさんあります。けれど、どの景品がどの紐につながっているかはまったくわからないようになっているのです。
　景品の中身はアメだったり人形だったりしますが、その大半がくじ引き料金よりずっと安いものでしかありません。つまりほとんどがハズレ。これは紐を引っ張るという行為とドキドキ感を味わうのが主目的で、当たりを狙ってどうこうするものではないのでしょう。
　洋二が料金を払いました。
「じゃあ好きなのを引いてよ」
「一等だったら千円の商品券か…………あ」
　天野は言葉をのみこみました。
「あ」
　洋二も、凍り付いたように固まってしまいました。
　紐の先に、『一等』と書かれた黄金のボールがついていたからです。
「どうしましょう、先輩？」
　天野は笑いました。
「これでありったけのヒーローチップスを買って、カードを差し上げましょうか？」