ほしゅうじゅぎょう　が　あらわれた！｜リアクション

ほしゅうじゅぎょう　が　あらわれた！

■北里雅樹のフシギな補習授業
　さあみんな、北里くんの話をしよう。
　北里雅樹１７歳。寝子高の普通科二年生。
　いつもアンニュイな顔をした理系男子である。
　学問の世界には『数学ができる人はどんな教科もできるはず』というちょっとおかしな理論があって、彼もその例に漏れずというかなんというか、理数系科目をぐいぐい伸ばしてその余波みたいに他の科目で平均点をとるという学生だった。将来専門職につく学生に多いグラフパターンである。
　さておき、そんな彼にも不得意科目というものはある。
　理数系を深く修める学生によくある、体育科目の実技試験だ。小学生の頃逆上がりができなくてやたら残された思い出はあろうか？　その高校生バージョンだと思って頂きたい。
「ま、補習授業にさえ出れば進級資格は得られるそうだし……一日くらい頑張ってみるかな」
　体育教師たちも運動が苦手な生徒たちをひーこら言わせようなんてサディスティックな趣味はないはずだ。そこそこの運動をしておしまいにしてくれるだろう。
　なに、逆上がりが出来なくとも総理大臣になれる社会だ。一時の苦労、甘んじて受けようではないか。
　そんな気持ちで猫鳴館を出た――ところで。
『北里ー、補習サボろうぜー』
　野球のバットをかついだ誰かが声をかけてきた。
　お前はどこのナカジマ君だと思って振り返り、そしてぎょっとした。
　自分の影がうにょんと盛り上がり、人の形になって立っているのだ。
　……とはいえ、フシギには慣れっこの北里くんである。
　やれやれだぜみたいなモーションで前へ向き直り、影を無視して歩き出した。
　こちとら進級がかかっているのだ。体育の授業が嫌だからとサボるわけにはいかない。
　暫くはしつこくついてきた影だが、無視し続けていると大人しくなった。
　流石に諦めたかと思った矢先……。
『北里、やばいよ見ろよ』
　影がディスカウントストアの店頭チラシを指さした。
『タブレットＰＣ５０％オフだって』
「その手はくわな――何ッ！？」
　北里くんの高速二度見である。レアな表情である。
　慌ててチラシにかけより、店内をのぞき見る。
「春休みセールだって？　あれもこれも大安売りだ……」
　特に食いつくべきは食料品。しこたま買い込んでおけば暫く食べ物に困らない。財布を取り出し中身を覗き、こくりこくりと二度頷く。
　今から段ボールいっぱいに詰め込んで猫鳴館に持ち帰るとする。しかしそれでは補習授業に間に合わない。
　しかし補習授業が終わってからも残っている保証はない。
「食費を天秤にかけるとは……卑怯な……！」
　別に影がやったわけじゃあないが、これも運命のイタズラか。
　北里くんは財布を握りしめ、店のショーウィンドウに手を突き、強く強く唇を噛んだ。
「ここは、勇気を振り絞って……登校だ！」
　走り出す北里くん。
　彼の目尻に見えた滴は、悲しみか後悔か、それともただの錯覚か。
　当分の食料と格安ＰＣを手に入れるチャンスと引き替えに、彼は進級の権利を獲得したのであった。

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