ほしゅうじゅぎょう　が　あらわれた！｜リアクション

ほしゅうじゅぎょう　が　あらわれた！

■羽生碧南の補習授業
　人がパンのみに生きるにあらずというのなら、学業のみに生きるにあらずといえてもよかろう。
　ただ時にはちゃんと勉強しないとつまずくことがあるようで、碧南は早速本日躓いていた。
　……いや、ちゃんと説明をさせてほしい。
　乙女ゲーム由来の広い雑学と類い希なる体力と運動センスをもつ碧南にとって、勉強くらいやろうと思えばできないことはないのだ。
　現に今回はどうにかこうにか合格点をもぎとり晴れて追撃の手を逃れたのである。
　音楽以外は。
「丸暗記が通用しないのよね、音楽って」
　アルトリコーダーを手に、世の悲しさを表現したらしい曲を一音ずつ吹いていく。
　皆もご存じの通り碧南は乙女ゲーの世界に夢と希望を見いだす乙女の中の乙女である。音楽のすばらしさと重要さはもうこれでもかというほど知っているし、音楽センスが人生で何の役に立つのかっていったらイケメンアイドルとのイベントシーンを制覇するのに必要なので、世に言う『これが何の役にたつのか』といった議論に行くことも無い。
　というわけで。
　赤点をとってしまった音楽科目を突破すべく、一日かけての猛練習であった。
「けど、目当ての新作はまだ封印中。バスケだって……」
　春休みを乙女ゲーとバスケで過ごすには、目の前の敵を倒さねばならぬ。
　五線譜を流れるオタマジャクシの群れを薙ぎ払い、川の向こうでバスケットボールを手に待つイケメンたちに会いに行かねばならぬのだ。
　思い切りのよさと忍耐強さは自信があるのだ。
　みよ、この美しき指運び。
　後に待った筆記テストとて敵では無い。耳元で囁くベートーベンの生まれ変わりとやらに導かれるまま回答欄を埋め、バイオリンの精霊だとかいうイケメンに手を重ねられてペンを走らせるのだ。
　おお、この世界の美しきこと。
　夢と希望にあふれているではな――。

「……はっ！　意識が飛びかけた！」
　リコーダーを手にかくんと頭を上げ、碧南は周囲を見回した。
　どうやらまだ五分ほどしか経っていないようだ。
　あまりに熱中しすぎて呼吸を忘れていたらしい。
　とはいえ。
「大丈夫。私は負けないわ」
　夢の中で囁きかけたイケメンたちに誓いを立てて、再びリコーダーを握りしめた。
　このあと補習授業を乗り切り無事進級を認められたことは、いうまでもなかろう。

このページにイラストを設定する