中学生の期末テストのあれやこれや＜物語編＞｜リアクション

中学生の期末テストのあれやこれや＜物語編＞

　黒い学生服に身を包む。金色の髪を後ろに束ねて全体を姿見に映した。堂々とした態度でにやりと笑う。
「今日のうちは朝から戦闘モードやで！」
　アベル・タウンゼンドは声を張り上げた。卓上カレンダーを瞬時に指差す。
「うちはあの屈辱の日を忘れてへんで！　前回の赤点はリセットや！　うちの栄光のロードは今から始まるんや！」
　一時の静寂。時計の微かな音が聞こえる。自然と目が引き寄せられた。
「出掛けるには早いようやな。フッ、すでに栄光のロードは始まってるんやで」
　素早い動作でイスに座る。
「まずは弱点を鍛えるんや。国語やろ。それと英語やな。理科もあるし、社会に、それと家庭科やな」
　口にした教科が机にずらりと並ぶ。
　――こんなにあるやん。ほんまに大丈夫かいな。
　湧き出る不安は高笑いで捻じ伏せる。続いて胸を張り、拳を固く握り締めた。
「うちにできへんことはない！　秘められた悪魔の力を見せる時は近いでぇ！」
　青い炎を双眸に宿してテスト勉強に励んだ。

　舞台を中学校に移してもアベルの熱意が冷めることはなかった。授業が終わる度に先生を質問攻めにした。
「先生、国語で質問があるんやけど、ちょっとええか」
「構わないよ。言ってごらん」
　先生は優しい笑みを浮かべた。アベルは手にした教科書を開いて一文を指差した。
「ここのな、活用形がよくわからんねん」
「五段活用のところだね。その言葉の意味と、動詞の見分け方を教えてあげよう」
「ほんま、頼むわ」
　先生はゆっくりとした口調で説明に入る。小難しい顔で聞いていたアベルは、なるほど、と明るい声を出した。自然に身体が前のめりとなる。頷く回数が増えて最後に笑顔を見せた。
「そうなんや！　今の説明でやっとわかったわ。先生、感謝やで！」
　役目を終えた先生は柔らかい表情で教室を後にした。

　休み時間の合間にアベルは教室を飛び出した。キョロキョロと目が忙しない。ポニーテールの後ろ姿を見つけると急いで駆け寄った。
「先生を探してたんや。なあ、英語の文法がようわからへん。なんで結論が先にくるんや」
「金髪で青い目の人が、それを言いますか」
「うちはハーフやけど、三才で日本にきてるんや。英語の成績に期待したらあかんで」
　アベルの説得力のある言葉に先生は笑った。テスト範囲に含まれる文法を掻い摘んで説明した。
「教えられたところはわかったわ。先生、ありがとな」
　アベルは爽やかな笑顔で立ち去った。
　各教科の先生への突撃は収まらない。先生が見つからない時には職員室まで押し掛けた。
「理科の物理がようわからん。物の動きの計算式ってなんやねん！　そんなもんの数値を求めて何がしたいんや。問題を作った者の正気を疑うわ」
「なんでなんや。なんで社会は暗記が多いんや。長ったらしい年表を覚えても、すぐに忘れてまいそうや。全体の流れまで覚えさせるなんて、ひどいんちゃう？」
「家庭科は作るだけやないなんて反則やん。筆記ってどうなん、ほんまに必要なんやろか」
　アベルは激しく憤り、情けない泣き言を挟んで奮闘した。
　仕入れた知識を頭の中で繰り返す。脳に擦り込むようにして記憶していった。
　放課後を迎えると急いで家に帰る。休む間もなく教科書を開いた。要点を纏めてノートに書き出す。暗記物は声に出して覚えていった。
　外が薄暗くなってきた。溜まった疲労がアベルの瞼を押し下げようとする。
「倒れる時は前のめりや！」
　一瞬の気合で眠気を振り払った。勢いを活かして勉強に打ち込んだ。
　その後、前のめりの姿で束の間の眠りに就いた。

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