期末試験をクリアせよ！！｜リアクション

期末試験をクリアせよ！！

　　　３

　同じ頃、北里雅樹と椎井莉鳥は東門巧に勉強を教えていた。
「そうじゃなくて、そこはこの公式を……」
　雅樹の説明に、巧は泣きそうな目を向ける。
「そんな顔したって駄目だ」
「だって、数学なんて」
「じゃ、物理やるか？　それとも化学？」
「……」
「涙目で睨んでも可愛い女の子じゃあるまいし、無駄」
　雅樹はイーッと歯を剥いた。そもそも、二年である雅樹が巧に勉強を教えるメリットはない。
　これは腐れ縁である莉鳥への付き合いと、図らずもリリーと光を遭わせてしまったことへの詫びだ。
「これでも先輩だから、テストの傾向と対策には役立つわよ」
「なんか棘のある言い方だな」
　莉鳥は冷たい目を雅樹へと送った。偶然とはいえ、光と巧を危険な目に遭わせたことを彼女はまだ許していないのだ。
「でも北里先輩より、椎井さんの方が隣のクラスだし、それに」
「二度目だから？」
「ち、違うよっ！」
　慌てる巧に、莉鳥は微かに眉を上げた。笑ってる、と雅樹は思った。
　元々、莉鳥の成績は悪くない。むしろ、いい方だ。去年の今頃、衝動的に期末試験を放棄したために留年してしまったが、なるほど巧の言うように、同じ授業を二年受けている分、自分より理解度は深いかもしれない。
　が、雅樹としてはそんなことは認められない。上級生の誇りにかけて、分かりやすく、ポイントを押さえた説明と解法などを叩き込んでいく。
「でもさー」
　しばらくして、また巧が手を止めた。どうにも集中力の続かない少年である。
「だって、このまま試験勉強しても、明日受けられるか分からないし……」
「それなら一応、他の連中が動いているみたいだぞ」
「何してるんです？」
「色々と」
　雅樹も詳しいことは知らない。ただ、生徒会長の志波武道が自信満々で「任せとけ」と言ったのを信じるだけだ。
「……あなた、留年してもいいかもと思ってるんでしょう？」
　莉鳥が静かな声音で言った。
「まじで？　おい、そりゃないだろ、人の苦労を何だと――」
　雅樹の文句を、読みかけの本を押し付けることで莉鳥は止めた。
　実を言えば、転校後にすぐ引き籠り、不登校となったため、寝子島高校に馴染みはない。今でこそ友人も出来たが、いっそ一年生をもう一度やり直してもいいかもしれないと巧は考えていた。
「止めはしないけど、経験者から一言」
「はい？」
「何事もよく考えて、取り敢えずチャンスがあるなら全力を尽くすこと」
「はあ」
「どうしても留年したいなら、後で何とでもなるし。進級したいのに点が足りない、なんてなったら、どうしようもないでしょ？」
「……まあ、確かに」
　渋々ながらも、巧は頷いた。
「よし、納得したなら続きをやるぞ」
「え、いや、少し休みませんか？」
「休む暇があると？　明日からだぞ、本番は。そして俺は自分の勉強をほったらかして何でお前に付き合ってるんだ！？」
　古文の勉強が手付かず――人間、嫌いなものは後回しにする――なことを思い出し、雅樹は震えた。その時だ。
「たっくん？　まだ？」
　ひょこっと光が顔を出した。
「まあまあまあ、光ちゃん。お勉強の邪魔をしてはいけませんよ」
　後ろから城之内小百合（じょうのうち・さゆり）が光を抱き上げる。
「御免なさいね。下で遊んでいたのだけれど、いつの間にかこちらに上がってきてしまったのね」
「光、僕と遊びたい？」
「あそぶー」
「ほら、光もこう言ってるし」
「なら、私が」
　莉鳥が小百合から光を受け取った。
「この方が、護衛もしやすい」
　学と亮がリリーを探していることは知っているが、説得が失敗する可能性もある。その場合は、この家を襲うこともあるだろう。莉鳥はそのために、本を読むふりをして外の気配を伺っていたのだ。
「あそぶー」
　何も知らない光は、無邪気に笑った。

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