授業風景～１年４組の場合～｜リアクション

授業風景～１年４組の場合～

「ごめんナノヨー……ここの読み方教えてほしいノ」
「ん、どれかしら？」

御薗井Ｅセレッソに袖を引かれて神野美野梨が顔をあげる。
隣の席のセレッソはプリントの漢字に読み仮名をふっている最中だった。

「こことここの読み方教えてほしいノ。難しいのヨー」
「ああ、えっとね、こっちは“ほほえんで”笑いかけている様子ね。これは“あと”爪痕とか、傷痕とかのことね」
「ありがとうナノ！あ、ここも教えてほしいノ……」
「“ささい”ね。ほんの少しの、とかそんな意味よ」
「わあ！ありがとうナノ！すごくよくわかったノ！美野梨チャンせんせーみたいナノ！」

無邪気なセレッソの笑顔に美野梨もつられて笑顔になる。

「そんなことないわ……でも嬉しい。ありがとう」

セレッソがプリントに向き合ったのを確認して美野梨もプリントを進める。
あらかた書き終えたところで、クラスの女子数人に励まされている久保田先生の様子をちらりと伺う。

「今回はやめておいたほうがいい気がするわ。……気持ちを弄ぶようなことをするのは誠実な人とは思えないし」
「……ただの偶然だろう。その男は不器用なだけなのではないか？そこまで悩むなら、久保田も思わせぶりな態度で接してみればいい」

セレッソとは反対側の隣の席から返答が聞こえ、美野梨はそちらに目線を向ける。
鮫島裕也はそんな美野梨の視線を気に止めず器用にペンをくるりと回した。

「イライラする。ぐじぐじと悩むくらいなら相手を悩ませるくらいの女になればいいだろう」
「なかなか、難しいことを言うわね」

裕也の言葉についつい反応してしまう美野梨。案の定、不機嫌そうな表情で睨まれる。

「難しいとか、無理だとか。そんな風に考える前に改善しようとしてもらいたいものだ」
「あなたはそんな気持ちになったことはないの？」
「ない！そんなことをしている時間があったら勉強するな」

よほどイライラしているのか、無意識に手の爪を噛む裕也。
見かねた美野梨が裕也の手を口元から引き離す。

「余計なお世話かもしれないけど、あまり綺麗じゃないからやめた方が良いと思うわ」
「っ！」

自覚がなかった裕也は素直にその手を下すと、気まずそうに顔をそむけた。
美野梨は少しだけ心配そうに裕也の方を窺っていたが、あまり見るのも良くないかと視線をプリントに移す。

「……恋する気持ちがわからないわけじゃないけど」

“どうせ抑えきれない気持ちなら文章にしてしまったらいいのに”

さらさらと、自分のプリントに書きだした一文は、久保田先生への心ばかりのメッセージ。