授業風景～１年４組の場合～｜リアクション

授業風景～１年４組の場合～

「日本語の微妙なニュアンスってーの？そうゆうのニガテなのよねえ……」

最後まで１人頭を抱えているのは神薙焔。ドイツからの帰国子女である彼女は真面目にプリントに向かっていたが、だんだんと思考回路が明後日の方向へ。

「えーと、全体が月のアレゴリーであるからして、移す鏡は……あれ？鏡は“映す”んだから、これは移動するものね。
“こちらを向いて微笑んでいるくせ、背を向ければひとたび冷たい”……あ、普通は見えない月の裏側を見たいわけだからこれはロケットに乗って飛んでいくということかしら？
いいわね、ロケット。素敵よー！ “この声が天に届くとは思わず”……そりゃそうね、真空だもの」

脳内で繰り広げられる宇宙空間でのやり取りがどんどんリアルになって行く。
どこからともなく聞こえる男性の声はドイツ語で的確な指示を飛ばし、焔はそれに応え浮遊する。
真っ暗な空間に青い海に彩られた地球が。その地球をバックに、焔は真っ白な宇宙服を身にまとい高々と彼女を示す旗を掲げた。

「タンクをジェットソンして着陸軌道に乗せるための姿勢制御が“些細ないたずら”で、その際に起こった計器の微動が“ほんの少しの戸惑い”そして月面に“私の痕”を残すのね！
小さな一歩だけど人類には偉大な一歩よ！」

ガタンッという音とともに椅子が倒れるが気にしない。焔の脳内には月面に旗を突き立てた彼女の姿が映っている。

「こうして人類は宇宙への進出を可能にしていくんだわ！この先、未知と言われたものは無くなっていくのかもしれない！それは素敵なこと！知的探究心からなる人間の無限なる可能性に乾杯！」

握った拳を天井に突き上げたところで授業終了のチャイムが鳴る。出来上がったプリントには乱雑に軌道計算の方程式が並べたてられていた。
その音で我に返った焔は、先ほどまで突っ伏していた久保田先生をはじめクラス中から注目の的になっていることに気づきいそいそと椅子に座りなおす。
そして自分の行動を振り返らないように、必死に平静を保とうとしていた。

その日の夜。
決して綺麗とは言い難い久保田先生の自室で、今日の授業で使用したプリントに目を通していた。

「あはは、やっぱりほとんどの子は無記入かあ」

自分の失態とはいえ、大事な生徒の勉学に影響を与えちゃおしまいだな、と久保田先生は自分の額を叩いた。

「ずいぶんと力の入った落書きね」

手に取ったのは夏朝と陵平のプリント。夏朝のプリントは月夜を背にした猫を中心にお話が続くように、プリントの空いたスペースいっぱいに落書きが施されていた。
最初は１匹だけだった猫が、後に行くにつれて家族を増やしていく。優しい絵だった。
少ないながらもストーリー性が感じられ、夏朝が楽しんで描いたのが見て取れた。ただ、提出の際に消そうとしたのか、一部分がかすれてしまっているのがもったいない。

「今度随筆でも書いてもらおうかな」

今後の授業予定を思い浮かべながらぺらりとめくる。
陵平のプリントはいろいろな果物、草花、動物などが並べられていた。一際大きく描かれた２匹の猫に、久保田先生は少しだけ笑みをこぼした。

「これは誰を意識したのかなー？」

最後に手に取ったのはセレッソと五月、白雨のプリント。

「っ、これはなかなか、嬉しいものね」

崩壊気味の授業の中できちんと表現が書きだされていた。それだけではなく、プリントの隅にそれぞれ比喩を用いたメッセージが書かれている。

『お日様のような久保田先生のあたたかい笑顔が大好きです。薄野五月』
『お空の月を鏡に映してちょっとだけ捕まえた気分になって、ひと撫でしても罰はあたらないのです。千代島白雨』
『難しいけど、いつかは花が咲くの。それは自然なことだから。美和チャンせんせーはお花なの！御薗井Ｅセレッソ』

教え子たちの心遣いに、久保田先生は少しだけ鼻をかむと、先ほどから無言を保つ携帯電話を手に取った。

「……あ、ごめんなさい、遅い時間に。この間のお返事、なんだけどね」

生徒たちのプリントに目をやり、小さく深呼吸する。

「……その前に、もう一度、会えないかな？」

月が明るく照らす夜。
それぞれがそれぞれに想いを抱いたまま眠る。
赫乃は浴槽に自らが育てた薔薇の花びらを浮かべ、その香りに心を落ち着かせた。
彩葉は知ってしまった自分の恋心について、身近な身内に話そうかと何度か葛藤したが、自分の胸にしまっておくことにした。大切な想いだったから。
今日の授業は授業にならなかった、けれど思い思いにやるべきことが見つかった時間になっていたらいい、と久保田先生は言い訳のように開き直る。
そんな久保田先生は勇気を出して彼と会う約束を取り付け、その夜は興奮のあまり眠れなかったそうだ。

次の休日、赫乃の薔薇園には久保田先生や彩葉をはじめとしたクラスの女子たちが訪ねていくだろう。
民話の発祥地に足を運んでいた鋭二も、ついでとばかりに立ち寄るかもしれない。
たくさんの薔薇に囲まれて、５月の陽気を楽しむだろう。
……でもそれはまた、別のおはなし。

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あとがき

担当マスター：時織椎
ファンレターはマスターページから！

お疲れ様でした恋バナシナリオでした！
……あれ、なんか違う。

時織椎でございます。今回もシナリオへのご参加ありがとうございました。
久保田先生の恋の顛末は如何に。だいたいご想像の通りです。

恋愛は難しいですね。今回シナリオで１人の乙女が誕生いたしましたので、この場で祝福を。
寝子高のみなさまは青春真っ只中ですので、これからもどんどん恋をしていってください。
(そして適度に撲滅されてください)

それでは次回シナリオでお会いいたしましょう！

時織椎

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