ねこ島温泉郷の五日間｜リアクション

ねこ島温泉郷の五日間

　湯上りほかほかの猫たちが可愛らしい半纏を羽織って足元を駆けて行く。
「おおっと」
　その中の一匹に長く伸ばした後ろ髪にじゃれつかれ、小犬丸信乃は慣れた笑い声をあげつつ立ち止まった。背中と髪にじゃれる猫が飽きるまでその場にしゃがみこんでじっと待ってから、ようやっと立ち上がる。
　ふう、と思わず息が洩れた。ここでは廊下を走るだけのことが謎の重労働となる。
　とはいえ、今の信乃は急いでいない。調理場の板長猫からしばらくの休憩をもらっている。
(今のうちにしっかり回復せねば)
　夕方頃から始まる宴会に続く宴会の大修羅場までには、体力をしっかり回復しておかねばならない。
　宿舎に戻って大部屋で横になろうか、それとも今のうちに温泉に入っておこうかと考えたところで、半纏をまとった別の猫に脛にしがみつかれた。
「……っと、お猫様何用で？」
『一緒に寝るにゃ』
「はあ、」
　猫に示されて脇の部屋を覗けば、そこは風呂上りの猫たちの休憩所らしかった。湯上りほっかほか、毛並みもふわふわつやつやのたくさんの猫たちが身体から湯気をあげながら、畳に敷かれた布団や座布団のあちこちにだらーんと伸びている。
　よくよく見れば、猫たちに紛れるようにして、雪のような髪した少女、上下左右も恐ろしく気持ちよさそうに熟睡している。
「まあ、それなら休憩とさして変わらぬしなあ」
　別に良いかと判断し、廊下にほど近い布団に潜り込む。腕を枕に横向きに転がったところで、いそいそとすり寄って来た猫と目が合った。
　くるりと丸くなった目が、まるでどうしてこんなに温いのかと問うているようで、信乃は思わず幼馴染の言葉を思い出す。
「子供体温というらしい」
　伝わるだろうかと危惧したものの、猫は訳知り顔に頷いた。
「寝ると更にぽかぽかですぞ」
　信乃の大雑把な説明に頷きつつ、猫は信乃の胸元に居場所を定めて丸くなる。そうこうしている間に、気づけば布団の中にはいつしか猫が何匹となく入り込んでいる。
「むむっ」
　こっちに来い、いやこっちに来い、四方から服を引っ張られ、信乃は途方に暮れる。
「俺の体は一つしかありませぬ故、何方かは諦めて……」
　言いかけて、あるいは、と言い換える。
「皆さま、同衾していただけまするか」
　言った途端、布団に入り込んだ猫たちがそれぞれに居場所を定め始めた。腰の上に乗っかるもの、脛に抱きつくもの、背中に丸めた背中をくっつけるもの、腕枕にした肘に顎を乗せて落ち着くもの。
(まるで敷布団になった気分だな)
　けれどこれはこれで、普段より一層暖かくて心地よい。
「ひゃあ、いっぱいだねえ」
　休憩部屋に入るなり信乃布団に群がる猫たちを見、円は驚きの声を上げた。円の声に顔を上げる猫たちにごめんごめんと謝りつつ、円は風呂上りで涼む猫たちの傍に腰を下ろす。当然のように膝に乗って来る猫を抱えて一緒にころりと横になり、幼子にするように背中をトントンと軽く叩く。
　背中を叩くリズムに合わせ、優しく口ずさむのは、幼い頃に聞いた子守歌。とんとんとん、とんとんとん。飽きずに繰り返される音律と振動に、添い寝された猫も思わず瞼をうつらうつらさせ始める。
　猫に向けられた、少女の優しい子守歌を耳にしながら、信乃も小さく欠伸をする。このまましばらく眠りについてしまうのも悪くはない。
　みー、と猫が寝言を呟く。うん、と信乃は頷く。
「……おやすみなさい」

「……ん、んん」
　大の字になって猫たちと寝ていたことに気付いたときには、円は身体のあちこちに猫を乗せていた。
(なんかの旅行記であったなぁ)
　猫まみれの重さで身動きの取れぬ主のもと、風呂から上がった後に行方をくらませていた愛猫にゃーくんが小さな体に小さな半纏を羽織って近寄ってくる。
「楽しんでるー？」
　猫に潰されたまま笑う主の頬に冷たい鼻先をちょこんと押し付け、子猫も笑った。

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